2019年11月18日 日経MJ連載 なるほどスマート・エイジング
「おいしさ」とは、味覚や嗅覚、体性感覚、記憶などを脳で統合して感じるもの
本日の日経MJ シニアBIZに連載「なるほどスマート・エイジング」を寄稿しました。連載第8回のテーマは「おいしさ 舌で感じてる?」。
食べ物や飲み物が「おいしい」と感じる時、それを身体の「どこ」で感じているのでしょうか。ほとんどの方は「舌に決まっている」と答えるでしょう。しかし、この答えは正しくありません。
食心理学のパイオニア、東北大学の坂井信之教授によれば『「おいしさ」というのは「味覚」や「嗅覚(きゅうかく)」、「体性感覚」、「記憶」などを脳で統合して感じるもの』といいます。
例えば、風邪をひいて鼻が詰まると食べ物のおいしさがわからなくなるのは、「嗅覚」の影響が大きいことが理由です。
ワインの専門家養成で有名なフランスのボルドー大学大学院でソムリエを被験者にした実験が行われました。
まず白ワインを飲んで味を評価してもらい、次に同じ白ワインに赤い色素を入れたものを飲んで味を評価してもらったのです。すると、後者の評価が白ワインとして飲んだ時とは全く違うものになったのです。
なぜ、プロのワイン専門家が同じワインを違うものと勘違いしたのでしょうか。
彼らはワインについての膨大な知識があります。このため赤い色のワインを見ると、その中から一番「味」が近い「赤ワイン」の知識から類推しようとしたからなのです。
人が感じる味は食べ物や飲み物の「見た目」と「記憶」に影響を受ける
この実験から言えるのは、人が感じる味は食べ物や飲み物の「見た目」と「記憶」に大きく影響を受けることです。
こうした知見は高齢者向けのビジネスに有用です。例えば、高齢者住宅や介護施設では入居者の高血圧対策のために減塩食をしばしば提供しますが、入居者からは「味が薄くてまずい」とよく文句を言われます。
このような場合、焦がし醤油や焼いたベーコンの「香り」を添加すると減塩食でも塩味をはっきり感じておいしく食べられることが多いのです。
その際におしゃれな器で「見た目」の美しい盛り付けをすれば「上品な味がする」と感じられるようにもなります。
一方、幼い頃の「記憶」が、おいしさに影響することがあります。「コカ・コーラ」と「ペプシ・コーラ」のおいしさを比較した米国での実験がその例です。
実はこうした記憶を活用したマーケティングは、菓子業界でよく見かけます。ロングセラーの菓子には、幼い頃の思い出を呼び起こす要素を含ませているものが多い。
それによって「子供の頃よく食べて慣れ親しんだ菓子をまた食べてみたい」という気持ちになりやすいのです。