ニュートップリーダー 2013年1月号
改めて「団塊・シニア市場」に注目が集まっている
少子高齢化が進むなか、有望視されるシニアマーケット。だが、「お年寄り向け」の商品やサービスを投入すればよいと画一的に捉えてしまい、失敗する企業も少なくない。今後、本格的に団塊世代が消費の主役となるこの市場をどう攻略すべきか、シニアビジネスの第一人者が解説する。
ご存じのように「団塊世代」とは、第一次ベビーブーム世代である一九四七(昭和二二)年〜一九四九(昭和二四)年生まれの約八〇〇万人のことを指します。そのトップランナーが六〇歳を迎えた五年前、二〇〇七年問題として一斉退職による労働力不足が懸念される一方で、退職金を受け取った彼らがどのような消費行動をとるのか、大いに期待されました。
実際には、企業に対する六五歳までの雇用継続義務もあり、全員が一斉に退職したわけではなく徐々にリタイアが進んだのですが、彼らが六五歳に達したことを受けて、改めて「団塊・シニア市場」に注目が集まっています。この五年の間に経済の不透明感は強まり、シニア世代にとっても年金、介護などへの不安が増し、いまでは七〇歳過ぎまで働き続けたいと考えるシニアが七割を超えています。
このような状況を踏まえながら、本稿では、これからのシニアビジネスの着眼点と攻略法について、事例を挙げつつ考えていきます。
シニアに共通する三つの不安
一口に団塊マーケットといっても、趣味嗜好や消費行動パターンは多様であり、その点でその上の世代とは大きく異なります。好みはそれぞれバラバラで、単にシニアの好みそうなものという発想で商品やサービスを提供しても意味はなく、成果も上がりません。
ただ、歳をとるにつれて誰しも抱く不安として、次のような三つの共通点があります。しっかり押さえておきましょう。
一つめは健康不安。より具体的にいえば「要介護状態」にはなりたくない、他人の世話にならずに自立して暮らしたいということです。要介護状態になる原因として挙げられるのは、脳梗塞などの脳血管系疾病、認知症、膝関節や腰などの運動器障害ですが、なんとかこれらの疾病は避けたいというのは、シニアに共通する思いです。
二つめは、前述したような経済不安です。景気回復の先行きが見えないという外的状況に加えて、加齢に伴う疾病による医療費負担や施設入所を含む介護費用について不安を抱いています。これは、まさに健康不安と表裏一体をなすもので、シニアにとって避けることのできない悩みといえるでしょう。
そして三つめは孤独不安です。これは「生きがい不安」と言い換えてもいいでしょう。たとえ健康とお金に恵まれていたとしても「やることがない、友達もいない」という人は少なくありません。健康的な老後を過ごすうえでも、社会との接点を持ち続けることが望ましいのは言うまでもありません。
多くのシニアがこのような三つの不安を抱えているわけですが、企業としてシニアビジネスを展開する場合、その不安を解消することが成功につながります。
その成功例の一つが、12年12月現在で全国に一二四七店舗を展開する女性専用フィットネスクラブのカーブスです。利用者の平均年齢は五八歳。月六〇〇〇円程度の会費で何回でも利用でき、一回三〇分で気軽に筋力トレーニングと有酸素運動、ストレッチができます。
先に要介護状態になる原因として運動器障害を挙げましたが、運動をしなければ筋肉や骨はどんどん衰えていき、とくに女性の場合は転倒による骨折のリスクが高まります。カーブスは、このような中高年女性の健康不安の解消を訴求し、成功しているのです。
カーブスの店舗は、シャワールームも鏡もない簡素な施設ですが、それがフィットネスジムに通う敷居を下げ、男性の目を気にする必要もないことから、買い物ついでに立ち寄れるジムとして中高年女性の支持を得ました。
筋トレの必要性は感じているが、外から見えるようなスタジオで若くきれいな女性や筋骨隆々の男性に交じってやるのは抵抗があるという層を取り込んだことでブレイクしたのです。こうした“徹底的にこだわった不満の解消”で、新たな顧客の創造につなげた好例といえます。
もう一つ、孤独や不安に対処する例を挙げておきます。NPOによる「まけないぞう」という震災被災者に対する支援プロジェクトがあります。これは全国から善意で送られる新品タオルを被災者が動物のゾウの形に加工し、それをNPOが販売、売価四〇〇円のうち一〇〇円を被災者が工賃として受け取り、残りの三〇〇円は経費や支援活動費に充てられるしくみです。
シニア層にとっては金銭的なメリットだけでなく、仕事をすることで生きがいが生まれ、仕事仲間のコミュニティも形成されます。非常に意義ある活動といえるでしょう。
消費行動の変化を見きわめる
シニアが抱く不安という共通項と別に、もう一つ共通点として挙げておきたいのが、一般的にシニアは「ストック・リッチ、フロー・プア」であるということです。つまり、若い世代に比べて多くの資産をもつ反面、毎月の収入は現役の頃に比べて減るため、ふだんの生活では倹約し、いざというときに備える傾向が強いのです。このことも念頭に置きながら、消費行動が変化するタイミングをいくつか考えてみましょう。
①身体の変化
カーブスの例もこれに当たりますが、老眼、難聴、関節痛といった加齢を原因とする身体の変化が消費を変化させます。最近のヒット商品の例として、第一三共ヘルスケアとワコールという異業種の企業が組んで開発した「パテックス機能性サポーター」があります。
②本人のライフステージの変化
男性であれば定年退職、女性であれば子育て終了というのが大きな生活の変化です。時間に余裕ができることから、旅行に出かけたりスポーツジムに通ったりします。この時期を節目にリフォームや保険の見直しをする人も多いでしょう。
③家族のライフステージの変化
代表的なところでは、親の介護や孫の誕生が挙げられます。また、子供の進学や就職、配偶者の病気なども消費行動が変わるきっかけとなります。
④世代特有の嗜好性とその変化
とくに団塊世代は、ビートルズ世代、全共闘世代などと様々な括られ方をしてきましたが、それは消費行動を決める一要素に過ぎません。ただ世代特有の嗜好性は、幼少期から青年期に形成されているものが多く、各世代によって特徴があるので、それをきちんと押さえれば有効な切り口の一つになります。
⑤流行による変化
たとえば韓流ブームやガーデニングの流行といった現象に注視することも必要です。ブームに追随するのではなく、ブームによってどのような影響や変化が起こるのかを見きわめるのです。
ここまで五つの変化について見てきましたが、新市場の開拓にあたってはこのような変化のタイミングを意識し、売りたい商品の顧客は誰なのかを特定し、イメージを具体化することが大事です。
気持ちよくお金を使ってもらう
注意していただきたいのは、新商品・サービスを考える際、必ずしもゼロから生み出すものとは限らないことです。従来からある業態やサービスでも、顧客の側の変化に合わせて新しい価値を生み出すことは可能です。
たとえばカラオケボックス。最近は平日の昼間はお客のほとんどがシニアになっています。それに対応して「食べ物持ち込み自由」のチェーンも出てきました。とても利益が出ないように思われますが、カラオケ店の場合、まず稼働させることが第一。たまり場となることで、そのお客がほかの客を連れてきたり、夜間も使うようになったりするのです。
個別商品の例を一つ挙げると、昨年四月、タカラトミーの「リカちゃん人形」シリーズにリカちゃんのおばあちゃんが登場しました。五六歳で花屋のオーナーという設定です。
四五年前に初代リカちゃんが発売されたときのターゲット、リカちゃんと同じ一一歳の女の子が五六歳になり、孫とリカちゃん人形で遊んでもおかしくない時代になりました。つまり真のターゲットは子供ではなくシニアなのです。ロングセラー商品だからできることですが、シニア世代を攻略するため、そこまで掘り下げているわけです。
さて、シニア世代はストック・リッチ、フロー・プアだと述べましたが、好きなものにはお金をかけ、それ以外のものにはお金を使わない傾向は今後ますます進んでいくでしょう。それならば、お金を気持ちよく使ってもらうようにするのが企業の知恵の出しどころです。それが実体経済の活性化にも寄与します。そこで最後に、お金を気持ちよく使ってもらうキーワード、「三つのE」をご紹介しましょう。
一つめのEはエキサイテッド(Excited)。ワクワクする、興奮するという意味ですが、「これは自分にとって価値がある」と感じ、たとえばそれがかなり高額のツアーでも「いま行くしかない」と思えば、フローではなくストックから躊躇なくお金を支出するということです。
二つめのEはエンゲージド(Engaged)で、当事者になるとか関与するという意味です。たとえば、売上の八〇%以上が六〇歳以上のシニア客で成り立っているクラブツーリズムという旅行会社があります。
同社には「エコースタッフ」という制度があり、五〇歳から六五歳までの会員(顧客)ならエコースタッフとして登録でき、エコースタッフが「旅の友」という情報誌を地域の会員宅に配達すると、部数に応じて手当が支払われるというもの。
エコースタッフも当然旅行好きですから、結局、貯まった手当はクラブツーリズムの旅行代金に充てられます。かつ、もらった手当以上にお金を使うようになります。自身が関与することで当事者感覚がくすぐられ、同社へのロイヤリティも上がるというわけです。
三つめのEはエンカレッジド(Encouraged)で勇気づける、元気になるという意味です。先ほどのカーブスの事例が当てはまります。運動することで心身ともに健康になり、元気になる。その結果、医療や介護コストが削減されるうえ、消費意欲が湧いて、新たにモノを買うようになるという好循環をもたらします。
いずれにせよ、団塊・シニア世代に対しては画一的な捉え方はせず、きめ細かく気持ちを汲み取りながら継続的に取り組むことが、成功への近道です。
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