学習療法が高齢者と施設を変える

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2010年8月19日 日経懇話会会報Vol.127 連載 シニアビジネス豊国論 第5回

国際学会で認められた日本発の対認知症療法

東北大学・川島隆太教授と㈱公文教育研究会、および高齢者施設を運営する社会福祉法人道海永寿会により開発され、認知症の改善に大きな実績を上げているのが「学習療法」である。これは薬物を使わずに症状の改善が図れる「非薬物療法」の一つで、すでに全国1400ヶ所で、のべ17000人の方が取り組み、大きな成果を上げている。

従来の非薬物療法の最大の問題点は、その療法が認知機能の改善に本当に有効であることの証拠となるデータが提出されていないことにある。これに対し、学習療法は、音読・手書き・簡単な計算が脳の前頭前野を含む多くの部位を活性化するという科学的事実に基づいて開発され、症状改善に有効であることのデータが研究論文として提出されている。

この論文は05年の米国老年学会誌(Journal of Gerontology)に掲載されている。通常この雑誌に掲載されるまで投稿後二年はかかると言われているが、この論文の場合一カ月で掲載通知が届いたとのこと。学習療法がいかに世界から注目されているかを示すものだ。

学びの力が脳機能と生きる意欲を回復させる

学習療法は原則二人の学習者と一人の支援者との組み合わせで実施する。この理由は、教材の学習だけでも脳機能改善効果があるが、支援者が学習者と上手にコミュニケーションを取ることで、さらに改善効果が得られるからだ。

現状、日本や海外で多くの脳トレプログラムが存在するが、その多くはパソコンを活用する形態である。ところが、この形態だとパソコンを操作できない高齢者には敷居が高いだけでなく、画面を相手に一人で取り組まなければならず、余程ソフトに興味をひかせる工夫がないと継続は難しい。これに対して学習療法では、学習者は支援者との顔を合わせたコミュニケーションを通じて楽しく実践できるため、継続意欲も起きやすい。この点が他のプログラムと比較した学習療法の大きな優位性である。

このコミュニケーションには多くの工夫が施されている。たとえば、学習が終わった段階で、その場ですぐに成果を認め、ほめること。また、一人ひとり認知レベルが違う認知症高齢者が必ず満点を取れるよう、その人のレベルに適した教材を選択し、学習における「達成感」を味わってもらうこと、などである。

かつて連合艦隊司令長官山本五十六は「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」

と言ったが、「ほめること」が認知症高齢者の症状改善にも大きな効果があることは一見意外だが、理にかなっているのだ。

学習者だけでなく支援者も「学習」する

一方、改善するのは実は学習者だけではない。支援者であるスタッフの意識も変わってくる。認知症高齢者の介護現場では、一般に手厚く介護を行っても、改善の見込みがなく、介護スタッフはゴールの見えない徒労感に襲われることが多い。

ところが、学習療法に取り組み、認知症高齢者の脳機能の改善が実際に目に見えてわかると、「私が働きかけたことで、入居者の認知症が改善した。私でもこんな貢献ができるのだ」という達成感が得られ、これがスタッフのやる気を生み出し、さらなら改善アクションに向かっていく。こうした「入居者」と「スタッフ」の改善のキャッチボールが施設全体の雰囲気を改善し、介護の質を向上し、結果としてマネジメントの質も向上していく。高齢者施設の経営者にとって、こうした相乗効果が学習療法導入の最大のメリットなのである。

世界から注目を浴びる学習療法

厚労省の推計によれば、日本の2010年における認知症人口は208万人とされている。一方、世界全体では3560万人と推計されている。現時点で日本の認知症人口の17倍もの認知症人口が世界に存在する。認知症は高齢化が進展する世界共通の大きな課題となっている。にもかかわらず、症状改善のための決定的な治療方法がない。現状認可されている薬物はその効果が症状の初期段階にしか有効でなく、しかも高価で副作用が多いという問題がある。

このような背景から、学習療法を海外で説明すると、例外なく驚きの声が上がる。特に認知症人口の多い米国、高齢化率の高い欧州で注目される。日本発の対認知症療法が海外でも利用される日が来るのはそう遠くないだろう。

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