みんなのスポーツ 24年10月号特集
日本体育社が制作する全国スポーツ推進委員連合の機関誌「みんなのスポーツ」10月号特集「スポーツ推進委員の高齢化を克服する思想と実践」に題記の小論が掲載されました。
みんなのスポーツは、全国48,000人のスポーツ推進委員はじめ、生涯スポーツの普及・発展を願い、地域におけるスポーツの推進に活躍する方々に役立つ情報を提供しています。
日本体育社のご厚意により、以下に寄稿全文を掲載します。
スマート・エイジングとは
スマート・エイジング(Smart-Ageing)とは、2006年に東北大学からの依頼で私が提案した超高齢社会の加齢観です。「エイジングによる経年変化に賢く対処し、個人・社会が知的に成熟すること」と定義しました。
別の言い方では「個人は時間の経過とともに、たとえ高齢期になっても人間として成長でき、より賢くなれること、社会はより賢明で持続的な構造に進化すること」となります。
齢を重ねるにつれ、私たちの体や心は、様々な面で変化します。これらは、私たちにとって良いことより、辛いことが多いのが現実です。
加齢に伴う変化にもっと賢く対処する生き方を考え続けることで、いくつになっても成長する。そうした個人から成る社会は、賢明で持続可能になる——そういう意味合いを込めたのが、スマート・エイジングという言葉です。
世阿弥「風姿花伝」に見るスマート・エイジングの思想
室町時代初期の申楽(後の能楽)師、世阿弥が記した能の理論書に「風姿花伝」があります。この中に「時分の花」と「まことの花」という言葉が出てきます。
「時分の花」は、少年の愛らしさ、青年の若さゆえの美しさや躍動感や体力を意味します。若い能の演者には誰にでも備わっていますが、やがてそれは齢と共に失われていきます。
一方、「まことの花」は、芸を磨く精進をした者だけが手にすることができるもので、生涯失われることがありません。老いが容姿や体力を奪い、「時分の花」を奪っても、努力を続け「まことの花」を咲かせて芸術を完成させることが大切であると世阿弥は説いています。
この世阿弥の言葉を借りれば、散ってしまった「時分の花」を振り返る後ろ向きの生き方ではなく、積極的に「まことの花」を咲かせようとする前向きな生き方がスマート・エイジングです。
私たちが「まことの花」を咲かせようと努力することは、齢を重ねるにつれて物事の見方が深まり、視野が広がって、人生が豊かになっていくことを意味します。
個人のスマート・エイジングに必要な「三つの健康」
私は、25年間にわたる中高年向け事業と研究を通じて、個人のスマート・エイジングのためには、次の「三つの健康」が必要だと考えています。
- 自立して生活できるための「身体的健康」
- 元気でいきいきと過ごせるための「精神的健康」
- 自分らしく生きるための「社会的健康」
この三つを維持・改善するための秘訣の要点を以下に述べます。
自立して生活できるための秘訣1:有酸素運動をする
自立して生活できるためには、要介護状態にならないことです。要介護になる原因のトップが脳卒中と認知症です。脳卒中がきっかけで認知症になる人も多いことから、脳卒中の予防が最重要です。
最も有効なのが有酸素運動です。厚労省のガイドラインで高齢者は1日6千歩以上歩くことが推奨されています。有酸素運動は疫学研究で認知症予防効果が検証されており、認知症予防の観点からも重要です。
自立して生活できるための秘訣2:筋トレ(筋力トレーニング)をする
一般に加齢とともに、特に女性は下肢の筋肉が衰えます。このため高齢期には歩行時につまずいたり転倒したりして骨折し、入院や寝たきりになりがちです。また、自力で移動できなくなると認知機能が低下し、認知症になりやすくなります。
これらを防ぐには筋トレで下肢の筋肉や体幹部を鍛えることです。30分でできるサーキット型トレーニング「カーブス」は、中高年女性の特性を考慮した設計で全国1971店舗、81万人(2024年8月期1Q)が利用しています。数年前より男性版「メンズ・カーブス」も登場しています。
自立して生活できるための秘訣3:脳トレ(脳のトレーニング)をする
私たちの記憶や学習、行動や感情は、大脳の「前頭前野(ぜんとうぜんや)」が脳全体の司令塔となり、制御されています。
しかし、この部位の機能は20歳頃から低下します。あれ、これ、それなどの指示代名詞が会話に増える、テレビや映画を観てすぐに涙もろくなるのは、前頭前野の機能低下のためです。
この機能を維持・向上するのが脳トレで、「情報の処理速度を向上する」ものと「作動記憶容量を拡大する」ものの2種類があります。
前者の例として、①大きな声で音読する、②簡単な計算を素早く解く、③手で書く、が有効です。1日800字程度、新聞のコラムの音読がお勧めです。市販の脳トレドリルでも有効です。
後者の例として、①スパン課題、②Nバック課題が有効です。両者とも任天堂の「脳を鍛える大人のNINTENDO SWITCHトレーニング」などでできます。
作動記憶のトレーニングを続けると、スポーツが上達したりと、仕事や勉強の効率が上がったり、様々な効果(転移効果という)があることもわかっています。
元気でいきいきと過ごせるための秘訣1:達成すると嬉しい目標を立てるる
私たちは何かを達成したときや誰かに褒められたとき、嬉しく感じ、もっと頑張ろうという気持ちになります。こういうときに、脳内の「報酬系(ほうしゅうけい)」という神経ネットワークが活性化し、神経伝達物質「ドーパミン」が放出されます。
日常生活で報酬系を活性化させるには、「目標設定型」の生活が有効です。実現するかどうかはわからないが、実現したら嬉しい目標を設定した生活です。
目標設定のコツは、今の自分の能力より「少しだけ高い」水準にすること、「具体的」にすることです。「近い将来に景色のよい所に行く」という漠然としたものではダメです。「2025年1月10日にコンサートを聴くためにウィーンに行く」のように、具体的なものが有効です。
元気でいきいきと過ごせるための秘訣2:リズミカルに活動する
不安感をなくし、負のイメージの過剰な形成を抑えるのが神経伝達物質「セロトニン」です。セロトニン神経系の活性度が低下すると睡眠障害やうつの原因になります。
日常生活でセロトニン神経系を活性化させるには、①太陽の光を浴びること、②リズム運動をすることです。前者は朝に照度2500ルクス以上の光を5分以上浴びること、後者は「イチ、ニ、イチ、ニ」とリズミカルに運動をすることです
お勧めの方法は、起床後、太陽の光を浴びながら、リズムよく30分ウォーキングした後、熱いシャワーで交感神経を優位にし、朝食をよく噛んで食べることです。
自分らしく生きるための秘訣1:「自分軸」を持つ
「自分軸」で生きるとは、「自分の基準」で生きることです。「そんなの当たり前、ずっと自分の基準で生きているよ」という方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、自分の基準で生きていると思っていても、サラリーマン生活を何十年も過ごすと、無意識のうちにどっぷりと「会社軸=会社の基準」で生きているものです。
自分軸を持つ人は、①他人とは違う独自性がある、②若い世代から必要とされる、③社会から注目される、ことで生涯に渡ってお金も稼げるようになります。
例えば、水彩画の「おじいちゃん先生」として有名なユーチューバー、柴崎春通さんのように自分軸を持つ人は、他人とは違う独自性があり、若い世代から必要とされることも多く、社会からも注目されやすくなります。
自分軸を持つことは、自分らしく生きることに通じ、経済的なことも含め、人生を豊かにする可能性が広がります。
自分らしく生きるための秘訣2:好きなことに徹底的に取り組む
『新約聖書』に登場する有名な女性サロメは「人間は7枚のベールをかぶっている。6枚目のベールまでは脱ぐが、7枚目のベールは自分ですら脱がない」と言っています。本当の自分(自分らしさ)は自分ですらわからない、という意味です。
一方、あなたの友人から「そういうところが“あなたらしい”わね」などと言われることはありませんか。自分らしさというのは、自分自身は気がつかないが、他者は気がつく。つまり、自分らしさは「他者との関係性」によって規定されるのです。
では、自分らしさはどういうときに現れるのでしょうか。それは、①自分自身が心の底から楽しんでいる時、②他者との関係性が良好な時です。
したがって、自分らしく生きたいなら、まず「好きなことに徹底的に取り組む」ことです。これは冒頭に述べた「まことの花を咲かせる努力をする」ことです。そして、自分の周囲にいる人たちと良い人間関係を築くことです。
紙面の都合で説明できなかった各秘訣の詳細は、拙著「スマート・エイジング 人生100年時代を生き抜く10の秘訣」(徳間書店)をぜひご一読下さい。
スマート・エイジングをテーマにした産学連携の取り組み
2009年、東北大学にスマート・エイジング国際共同研究センターが設立されました(2017年にスマート・エイジング学際重点研究センターに改組)。私は2010年より当時のセンター長の川島隆太教授が考案した非薬物対認知症療法の学習療法の米国輸出に取り組みました。
2011年6月よりセンター内に前掲の「カーブス」を開設し、従来なかった「市民参加型」の産学連携の先駆けとなりました。2022年3月に片平キャンパスにも新たに店舗を開設しました。
2012年4月より、スマート・エイジングの啓蒙のために、一般市民を対象に「スマート・エイジング・カレッジ」を開講、3年間開催したのち、2015年4月より東京で企業向けに開催しました。後者には2023年3月までの8年間でのべ406社が参加しました。これがきっかけで数多くの企業との産学連携プロジェクトが生まれています。