くらしの豆知識 2016 国民生活センター
独立行政法人国民生活センター編集・発行のくらしの豆知識’2016「セカンドライフを楽しむ」に寄稿しました。本書は創刊以来44年、毎年発行し、年間約28万部が全国で読まれているとのことです。国民生活センターからの依頼により、二つの内容について寄稿しました。
これまで何度も述べて来た内容ですが、こういう冊子に掲載されることで、これまで知らなかった方々に目を通してもらう機会が増えるのは嬉しいことです。
アンチエイジングとは若返りのこと?
皆さんは「アンチエイジング」という言葉を目にすることがありませんか。この言葉の意味を尋ねると、たいてい「若返り」という答えが返ってきます。果たしてそうでしょうか。
「エイジング」は、英語でageing(米語ではaging)と書きます。ageは「齢(よわい)を加える」という動詞、ingは動詞の進行形です。したがって、エイジングとは「齢を加え続ける」という意味です。日本語では加齢と言います。
エイジングは、受精した瞬間からあの世に行くまで、高齢者だけでなく、すべての年齢層の人が命ある限り続きます。つまり、エイジングとは生き続けることの証です。一方、アンチは英語で否定を意味する接頭語です。したがって、アンチエイジングとは、生き続けることの否定、つまり死ぬという意味になります。
アンチエイジングという言葉が登場した理由
なぜ、アンチエイジングという言葉が世に出てきたのでしょうか。これは西洋、特にアメリカから来た言葉です。
西洋には18世紀の産業革命以降、人間を精密機械のように見なす価値観が根強くあります。機械は時間が経つと錆びついたり、部品が壊れたりして老朽化していきます。人間は細かい機械のかたまりのようなものなので、機械と同じように時間が経つと、体のあちこちに不具合が出て、老朽化していく。こういう価値観です。
これに基づき、人間も年をとると、老朽化する機械と同様に、その価値が下がっていくとみなすわけです。だから、年をとることをくい止める(実際はくい止められない)化粧品やサプリメント、医療技術を「アンチエイジング商品」と謳って大々的に宣伝し続けているのです。
スマート・エイジングとは?
これに対して、私たち東北大学では06年から「スマート・エイジング」という考え方を提唱しています。その定義は「エイジングによる経年変化に賢く対処し、個人・社会が知的に成熟すること」です。個人は時間の経過とともに、たとえ高齢期になっても人間として成長でき、より賢くなれること、社会はより賢明で持続的な構造に進化することを意味します。
世阿弥の言葉に見るスマート・エイジング
室町時代に世阿弥(ぜあみ)が著した能の理論書『風姿花伝』に、「時分の花」と「まことの花」という言葉が出てきます。「時分の花」は、若い能の演者には誰にでも備わっていますが、やがてそれは失われていきます。「まことの花」は、芸を磨く精進をし続けた者だけが手にできるもので、生涯失われることがありません。
この言葉を借りれば、散ってしまった「時分の花」を振り返る後ろ向きの生き方ではなく、積極的に「まことの花」を咲かせようとする前向きな人生のあり方がスマート・エイジングです。私たちが「まことの花」を咲かせることは、齢を加えるにつれて物事の見方が深まり、視野が広がることで人生が豊かになっていくことを意味します。高齢期は「知的に成熟する人生の発展期」とみなすのです。