ノジュール4月号連載 今日から始めるスマート・エイジングのススメ第7回
なぜ、人生の後半期に他人の役に立ちたくなるのか
2018年8月に、山口県周防大島町で行方不明になった2歳児をわずか30分で見つけ出したことで話題となった尾畠春夫さん。彼は日本全国の被災地に駆けつけてボランティア活動をしており「スーパーボランティア」とも呼ばれています。
彼の収入は毎月5万5000円の国民年金のみ。決して多くない収入で、70代後半の後期高齢者の彼は、なぜ、ボランティア活動に注力するのでしょうか?
アメリカのNIH(国立衛生研究所)の一つ、国立エイジング研究所の初代所長・心理学者のコーエンは、三千人を超える退職者インタビューから興味深い知見を得ています。
それは「あなたにとって、人生の意味や目的を感じさせるものは何ですか?」という質問に対して、あらゆる人が「他人の役に立つこと」と答える、と語っていることです。それも収入のレベル、人種、文化的背景に関係なく、あらゆる人がそう答えているようなのことです。
何か恩返しをしたいという衝動は特に人生の後半期に強くなります。なぜなら、多くの人にとって、その時期には自分の死を考え、歳をとることに伴う困難に直面することで、価値観が変化するからです。
感謝されたときに、幸福を感じる理由
誰かの役に立つとその人から感謝されます。「ありがとう、あなたのおかげよ」とか、「君のおかげで助かったよ、ありがとう」などと言われると誰しも嬉しいものです。特に中高年になると、このように他人から感謝されるといっそう嬉しく感じるようです。
この理由の一つとして、私は中年期を過ぎると、他人から感謝されたり褒められたりする機会が減っていくからだと思います。職場なら中間管理職以上の立場であり、部下を褒めることはあっても、自分が褒められることはあまりありません。
一方、家庭では親が同居していない限り、男性も女性も最年長者であり、褒めてくれる人はまずいません。しかし、本来、人は誰でも、いくつになっても褒められたいものです。
また、他人から感謝されたり褒められたりする行為が「心理的報酬」であることも理由の一つです。本連載2月号で触れたように脳内の報酬系が活性化し、ドーパミンが分泌してやる気が出るからです。
ちなみに「心理的報酬」を受けているときの脳を機能的MRIで見ると、報酬系の中枢である「線条体」が活性化していることがわかっています。
自分が誰かに感謝をしても感じる“気持ちよさ”
一方、功成り名を遂げた企業経営者の多くは「他人に感謝すること」の重要性をしばしば語ります。人間は他人から感謝されると幸福を感じる一方、他人に感謝するときも幸福を感じるからです。
前掲のNIHが支援したオレゴン大学の研究によれば、ボランティア活動をする人は報酬を受けたときと同じ脳の中枢である線条体が活性化することを確認し、ボランティアが脳内に「エンドルフィン」という神経伝達物質の分泌を促すことを明らかにしています。
エンドルフィンは脳内麻薬とも呼ばれ、痛みを緩和し、「気持ちいい」や「幸せな気持ち」などの多幸感をもたらす性質があります。これが他人に感謝することで幸せに感じることの科学的理由なのです。
わたしたちの身近にある「他人の役に立つこと」
こうした心理的報酬が軸となるボランティア機会が多くあると、高齢期にも精神的に豊かな生活を送ることができ、何よりも孤独の解消につながります。
とはいえ、具体的にどうしたらよいかわからないけれど、体力に自信のある方は、今住んでいる地域の社会福祉協議会(社協)に尋ねてみましょう。
昨年、大型台風による被害が続出した際、ボランティアをしたいという人が大勢現れました。社協はこうした人たちの受け皿になっています。
災害ボランティアだけでなく、図書館で地域の子供たちへ読み聞かせを行う、昔の遊び方を伝授するなど、身近なところに沢山機会があります。
「他人の役に立つ」ことは「自分の役に立つ」ことでもあると認識して、ぜひ、積極的にトライしてみてください。