2020年12月18日 日経MJ連載 なるほどスマート・エイジング
昨年の新元号「令和」の発表後、「平成最後の○○」といった商品・サービスがちょっとしたブームになったのは記憶に新しい。
だが、中高年を対象にした場合、「平成」よりも「昭和」を時代設定にしたものが圧倒的に多い。例えばNHKの朝ドラの時代設定は、最近終了した「エール」を始め、戦前・戦後、高度成長期の昭和がほとんどだ。
実は朝ドラを好んで観ている人の共通点は、昭和文化を「世代原体験」に持っていることだ。世代原体験とは特定の世代が20歳頃までに共通にもつ文化体験をいう。食生活、文学、音楽、映画、漫画、テレビ番組、ファッション、スポーツ、生活環境などがある。
20歳頃までの体験が世代原体験になる理由は、脳の器質的な発達が20歳頃までであることに関係がある。
重要なのは、世代特有の嗜好性の多くが世代原体験により形成される点だ。それが齢をとってからの消費行動に影響を与えることがあり、その一つを私は「ノスタルジー消費」と呼んでいる。ノスタルジー消費は当該世代が40代になるとよく見られ、そこには心理行動学的背景がある。
一般に20代から30代は進学、恋愛、就職、結婚など初めての体験が多く、夢中で取り組み、わくわく感が多い時期だ。だが40代を過ぎると目新しいことが減り、生活が平板化して以前のようなわくわくする機会は減りがちだ。この反動としてそうした刺激を求めるようになる。
ノスタルジー消費の特徴は「新しいもの」より「昔なじんだもの」を求める傾向が強いことだ。第一の理由は、脳の認知機能の低下により新しいことの学習がおっくうになるためだ。
一般に加齢とともに認知機能、例えば知覚速度、推論、記憶、流暢性などは衰える。特に記憶できる量が減っていくと、新しいことの理解に時間がかかるようになる。このため「新しいもの」より「昔なじんだもの」の方が楽で安心なため求めたくなるのだ。
第二の理由は、昔なじんだことには「追体験効果」が出やすいためだ。記憶は一般に情動を伴い、情動的な体験をすると記憶に残りやすい。また、その記憶を思い出す時に情動も一緒に追体験される。
このため昔なじんだ文化体験に触れると当時の記憶が呼び起こされる。すると当時経験した情動も一緒に呼び起こされ、若くて元気で幸せだった頃の自分を追体験する。これが脳内の「ドーパミン神経系」の活性化につながる。
ちなみに、ドーパミンとは中枢神経系に存在する神経伝達物質の一つだ。昔は快楽物質と呼ばれたが現在では「元気」や「やる気」、「求める気持ち」を生み出す役割があると考えられている。
ドーパミン系刺激とは、このような「元気」や「やる気」を生み出す、わくわく・ドキドキする刺激のことをいう。昭和世代の主婦が朝ドラを観ると元気になるのは、こうした背景がある。
ちなみに私の事務所のある東京・日本橋室町界隈は再開発が進み、コレド室町など新たな複合商業施設が目白押しだ。だが隣接する日本橋本町界隈には昔ながらの「昭和」を感じる飲食街がまだ多い。飲み屋もラーメン屋も店の造りは昔のままで昭和歌謡のBGMが延々と流れ、居心地が良い。店のスタッフも来店客の大半も見るからに昭和生まれだ。
人生100年時代は昭和生まれがマジョリティの状態がしばらく続く。高層ビル主体の小綺麗だが落ち着かない商業施設より昭和文化を感じられる商業施設群を維持する方が顧客の支持を得られるだろう。