シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第98回
ケリー長官の私邸の街の知られざる側面
4月28日にアメリカ訪問中の安倍首相夫妻がマサチューセッツ州ボストン市のビーコンヒルにあるケリー国務長官の私邸に招かれたというニュースを見てはっとした。11年前に、私はこのケリー長官の私邸の前を歩いていたからだ。
歩いていた理由は、当時設立間もない「ビーコンヒル・ビレッジ」というNPOの人たちに案内されたからだ。
ビーコンヒル・ビレッジとは、高齢化した街の住民にCCRCのような高齢者施設で受けられるのと同様のサービスを提供しようというものだ。11年前に私が面談したビーコンヒル・ビレッジの当時のエグゼクティブ・ディレクター、ジュディ・ウィレット氏は次のように語っていた。
「ビーコンヒルは、古くからある高級住宅街で、約8平方キロの地域に9,000人が住んでいます。その14パーセントの1,300人がすでに60歳以上となっていますが、大半が年老いてもCCRC(Continued Care Retirement Community継続ケアつきリタイアメント・コミュニティ)などの施設に行かず、ここに住み続けたいと思っています。『ビレッジ』という名称は、CCRCと同等の継続ケアや生活支援サービスが受けられる仮想的なリタイアメント・コミュニティをつくるという考えに基づいています」
アメリカが日本と異なるのは、国による介護保険が存在しないことだ。高齢者は、民間の高額な長期ケア保険に加入するか、加入せずに必要な時に高額な費用を支払うかのどちらかとなる。
だが、CCRCでは、入居一時金を払うと、要介護状態になっても、原則として追加費用が必要ない。このような金銭的メリット感が、アメリカでCCRCが高齢者の有力オプションの一つになっている理由だ。
住民の声から生まれた住み慣れた地域で住み続けられるサポート
だが、すべての高齢者がCCRCへの移り住みを望んでいるわけではない。ビーコンヒル・ビレッジが住民にうけている理由は三つある。
第一に、「ビレッジ・コンシェルジュ」という充実した生活支援サービスの提供。食料品などの買物代行、交通手段、自宅でのハンディマン・サービス、処方箋薬の手配など、日々の生活に欠かせないサービスをひとまとめに電話一本で提供する。足腰の弱りで外出がおっくうになりがちな高齢の会員にとって、ビレッジ・コンシェルジュが、生活周りの世話役となっている。
第二に、コミュニティ・サービスの充実。地域住民との相互交流を促す仕掛けを多数提供していることだ。週一回のウォーキング、フィットネス教室、私設コンサートやボート上でのディナーなどが目白押しだ。
CCRCなどへ入居するいちばんの理由は、一人暮らしの寂しさに耐えられないことであり、そこでは入居者同士でのディナーやイベントが多い。ビーコンヒル・ビレッジでは、それと同じことを街全体で実施している。
第三に、会員向け割引。年会費500ドル(約6万円)を払えば、これらのコミュニティ・サービスだけでなく、すべての個人向けサービスが通常の10パーセント引きとなる。一人では得られないメリットがビーコンヒル・ビレッジ加入の大きな動機となっている。
本家アメリカでもCCRCに行きたくない人は多い
なぜ、ビーコンヒルでは、こうしたサービスが生まれて来たのか。最大の理由は、ここの住民は子供の世話にはなりたくないが、CCRCのような施設で暮らすのも嫌だという人が多いためだ。こうした傾向は何もビーコンヒルに限らない。
私の訪問後、「ビーコンヒルモデル」と呼ばれるこの仕組みを自分たちの地域でも取り入れようという動きが全米で起きた。
コネティカット州ニューカナン、ニューヨーク州ブロンクスビル、 バージニア州アレクサンドリア、カリフォルニア州パロアルト、ワシントンDCのキャピトルヒルなど20以上の地域で同様の取り組みが普及した。
このように他地域に広まった理由は何か。端的に言えば、既存のCCRCに対する高齢者の不満だ。高齢者だけが市街地から隔離されたところに集められて、お仕着せの食事やサービスが提供される。こうした既存のCCRCでのライフスタイルへの嫌悪感なのだ。
最近日本でも本家アメリカのCCRCを導入しようとする動きが見られる。しかし、その本家アメリカで10年以上前にCCRCを否定する動きが登場し、全米20カ所以上に普及している事実は日本ではほとんど知られていない。
ケリー長官に歓待された安倍首相もそんなことは知る由もなかっただろう。