旅行可能寿命・運転可能寿命を延ばす視点が必要

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シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第109回

「健康寿命延伸」を自社の事業に当てはめる

ここ数年「健康寿命」という言葉がよく聞かれる。「健康寿命」とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間をいう。これに対して「平均寿命」とは、生まれてから亡くなるまでの寿命の平均値である。

国が進める「健康日本21(第2次)」(13年~)によると、日本人の健康寿命は、平均寿命より男性で9.13年、女性では12.68年も短い(2010年)

健康寿命と平均寿命との差は、「日常生活に制限のある不健康な期間」、つまり「要介護や要支援状態の期間」のことだ。この期間が男女とも約10年もあるのは、平均寿命がトップクラスの世界の国々のなかでも日本だけ。政府が近年「健康寿命延伸」を掲げている背景はここにある。

しかし、企業レベルで取り組む際は「健康寿命延伸」という大くくりな取組みより、自社の事業に即して的を絞った方が、イメージが湧きやすくなる。

総務省統計局家計調査によれば、世帯主の年齢階級別世帯当たりパック旅行の年間支出金額は60歳代が63.9千円と最も多く、70歳以上が62.7千円でそれに続く(図表1)。つまり、現在の旅行市場の中核は60歳以上のシニア層なのである。

かつて若者向けのディスカウンター市場のリーダーだったHISですら、今はシニア層もターゲットにしている。いわゆる「企業活動のシニアシフト」である。言い換えれば、シニア層なしに日本の旅行市場は成立しなくなっているのだ。

一方、現在、アクティブに旅行に出かけている60歳代、70歳代の人たちも、いずれ旅行に出かける頻度が減り、最後は行かなくなる

理由は、足腰など身体機能の衰えで、旅行に行きたくても行けなくなるからだ。特に要介護・要支援状態になれば、通常はまず旅行に出かけることはなくなる。

統計的に意味のある75歳以上という区分

75歳以上の高齢者は「後期高齢者」と呼ばれている。この名称は当の75歳以上の人たちに評判が悪いが、統計的にはそれなりに意味のある区分である。その理由は、おおむね75歳を目途に医者にかかる割合の受療率、認知症の発現率、要介護認定率などが急増し始めるからだ。

たとえば、要介護認定率(図表2)で見ると75歳から79歳で14.1%だが、80歳から84歳では30.1%と倍以上に急増する。さらに85歳から89歳では51.6%とその年齢層の人口の半分以上にも及ぶ。これらより75歳を過ぎると旅行が可能なシニア層の数が減少していくことが容易にわかるだろう。

「旅行可能寿命」延伸が必要

したがって、現在シニア層を主な顧客とする企業が必要なことは、自社顧客がなるべく旅行に行き続けられるよう「旅行可能寿命」を何らかの手段で伸ばすことである。旅行可能寿命も健康寿命の一部と言えるが、旅行会社にとっては健康寿命延伸より「旅行可能寿命延伸」の方が事業に直結してイメージが湧きやすいだろう。

進まない運転免許自主返納

同じことが自動車産業にも言える。過去10年間交通事故が減っている中、高齢者の運転による交通事故件数だけは高止まっている。警察庁「交通事故の発生状況」によれば、年齢層別の交通事故件数は2015年で65歳以上が全体の19.7%と最も高くなっている。

こうした状況に対して警察は、75歳以上の人を対象に運転免許更新時に認知機能試験で運転能力をチェックし、能力が不足すると思われる場合、運転免許の返納を勧めているが現実にはなかなか苦戦している。

自主返納が進まない理由は、特に地方ではクルマなしでは生活ができないほど不便を強いられるからだ。

これに対し前橋市のように免許を返納した高齢者にタクシー代を半額補助する例もある。このやり方は短期的にはよいが、今後高齢者の数が飛躍的に増えた場合、財政的に持続可能かが甚だ疑問だ。一方、補助を受ける方も上限1000円だと遠くに出かけられず、利便性は低い。

自主返納より運転可能寿命延伸の支援が必要

自動車の車体としての安全性能は昔に比べて飛躍的に向上した。しかし、いくら車体の安全性能が向上しても、運転者の運転能力が低下しては、安全運転はままならない。

こうしたことを考慮すると、今後取り組むべきことは、高齢者の「運転可能寿命」を延ばすことである。そのカギは脳機能向上と身体機能向上のトレーニング、脳トレと筋トレにある。

運転可能寿命が伸びれば、運転者である高齢者にメリットがあるだけでない。自動車メーカー、保険会社、石油会社など自動車産業全体へのメリットは計り知れない。


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