2020年4月17日 日経MJ連載 なるほどスマート・エイジング
「免疫力向上」という言葉はかなり濫用されている
日経MJ シニアBIZ「なるほどスマート・エイジング」連載13回のテーマは「免疫力、その商品で上がる?」。新型コロナウイルス感染症に対する特効薬は現時点でありません。
重症化した人に医師から「この薬が効かない場合、後はご自身の免疫力しかありません」などと言われる例が増えています。
こういう社会状況のせいか、「免疫力を高める食材・レシピ」「XXXで自己免疫力アップ」等「免疫力向上」をうたう商品が最近目に付きます。
しかし、こうした商品で私たちの「免疫力」は本当に向上するのでしょうか?
この問いに答えるには、そもそも「免疫力」とは何か、「免疫力を上げる」とは具体的にどういうことかをきちんと理解する必要があります。
実は「免疫力向上」という言葉はかなり濫用されていることがわかります。
毎年、風邪やインフルエンザが流行する頃になると「免疫力向上」をうたう商品が市場に出回っている。免疫力を高める食材とレシピ、リンパマッサージで自己免疫力アップ、免疫力を上げるための体温向上グッズなど様々だ。
特に今年は新型コロナウイルスによる感染症がまん延し、これらの商品に注目が集まっている。
だが、こうした商品で「免疫力」は向上するのか。正確に理解にはそもそも免疫とは何か、免疫力とは何かをきちんと理解する必要がある。
免疫とは何か、免疫力とは何か
野本亀久雄・九州大学名誉教授が提唱して広く知られている「生体防御機構(生命を守る仕組み)」の考え方によれば、①異物が体内に侵入するのを防ぐ仕組み(物理的・化学的防御)と、②体内に侵入した異物を排除する仕組みがある。このうち後者を「免疫」という。
前者はまず、体の表面にある皮膚だ。皮膚は厚い細胞層からなり、細菌やウイルスの侵入を防ぐ城壁の役割をもつ。通常、皮膚には表皮ブドウ球菌など10種類の細菌が生息している。このおかげで皮膚表面はpH5程度の酸性に保たれ、病原菌の侵入を阻むようになっている。
皮膚の次は粘膜だ。口、喉(のど)、目、鼻の内部、気管、肺、腸管、尿道、膣(ちつ)などが外界と接する防御壁だ。口では唾液がバクテリアを分解し、目では涙が、尿道では放尿が異物を洗い流す。
また、肺は生存に必要な酸素交換だけでなく、外敵侵入の防護壁の役割がある。口や鼻から吸い込まれた空気に含まれる異物は、まず鼻毛で捕まる。それで捕まらない異物もほとんどは気管と気管支の粘膜上皮細胞にある繊毛により外へ運ばれ、痰となって体外に排出される。
一方、後者の免疫には、「自然免疫」と「獲得免疫」の2種類がある。自然免疫は、好中球やマクロファージ、樹状細胞などの白血球が異物を食べて取り込む仕組みと、NK(ナチュラルキラー)細胞というリンパ球が感染細胞を攻撃する仕組みだ。
これに対して獲得免疫は、自然免疫で排除できなかった異物に対して働く防御の仕組みだ。これにはB細胞のように「抗体」が異物に対して特異的に反応して排除する「体液性免疫」と、キラーT細胞のようにがん細胞や感染細胞を排除する「細胞性免疫」がある。
新型コロナウイルスは、前述の防護壁をくぐり抜けて肺胞までたどり着く。通常肺胞にはマクロファージがいて、ウイルスを食べて無毒化する。だが、新型コロナウイルスには歯が立たないため、肺胞が破壊されて呼吸困難に陥る。そこでB細胞が増殖・分化した形質細胞から新型コロナウイルス(抗原)に合わせた抗体を放出し、無毒化しようとする。最近話題の抗体検査は、この抗体の有無を検査するものだ。
かつて免疫は、この抗原抗体反応の仕組みのことを指していた。現在は生体防御の仕組み全体を「広義の免疫」と言う。
どの病原体に対して何の防御因子が最も効果的なのが異なる
重要なのは、どの病原体に対して何の防御因子が最も効果的なのが異なることだ。例えば肺炎菌が入ってきた時は抗体に活躍してもらう必要がある。この時にマクロファージを活性化させる物質を投与しても効果は薄い。
また何の防御因子が、体のどの場所で最も効果を発揮するかが異なる。例えば、おできは膿(う)んだ部位でのみ好中球が働き、他の部位では働かない。
まとめると、(広義の)免疫力とは、これらの複雑な仕組みによる総合的な生体防御力である。だから、特定の食品やサービスのみで向上するほど単純ではない。「免疫力を上げるXX」は眉唾だと思ったほうがよいだろう。