保険毎日新聞 連載 シニア市場の気になるトレンド 第9回
本連載第8回ではアジアで台頭するシニア市場について述べた。そのアジアから日本のシニア住宅や介護施設の見学が相次いでいる。最近は、日本で開発が進んでいる介護ロボットについての見学依頼も増えている。
一方、世界で先んじている日本ですら本格的な普及のためにはまだ多くの課題がある。以下に利用者の立場での課題と対策について整理する。
利用者の立場から見た課題と対策
実際に介護ロボットの利用者となる高齢者施設や老人ホームの現場の声を聴くと、次の課題が浮かび上がってくる。
(1)情報面での課題
①介護ロボットのことがよくわからない
②活用実績・事例がわからない
(2)機能面での課題
①現場ニーズと乖離している
②使用準備などに手間がかかる
③安全性に不安がある
(3)経済面での課題
①価格が高い
②人が介在しないと使えず、費用対効果がみえない
(4)業務面での課題
①現場の業務フローが画一的でなく、ロボットでの作業になじまない
②業務効率の追求が必ずしも歓迎されない
(5)意識面での課題
①経営改善のために介護ロボットを使う意識が希薄
②きめ細かな作業の介護は所詮ロボットには無理という意識が強い
(1)情報面での課題と対策
本連載第7回で述べたとおり、介護業界では長い間「介護される人は人の手による介護を望んでおり、ロボットなどの機械による介護など、もっての外」というのが通説だった。このため、そもそも多くの介護現場が介護ロボットに関する情報をほとんど持ち合わせていないのが現実だ。
5カ年計画以前から複数の介護ロボットが存在していたが、その認知度は極めて低かった。そのため、介護ロボットの価格も分からなければ、機能面のメリット・デメリットや費用対効果なども全く想像できないというのが、多くの介護現場の実態だ。
また、他の導入施設でどのような成果が出ているのかなどの情報もほとんど共有されていないことが多い。
これらを踏まえると、まず、潜在利用者に対して介護ロボットに関する積極的な情報発信が重要である。筆者は認知症非薬物療法の「学習療法」の普及に関わっているのでよくわかるが、介護業界は既存にない新たな試みに対して一般に保守的である。
このような場合、最も効果があり、説得力があるのは、すでに導入して成果が出ている施設を見学してもらうことだ。介護ロボットの分野も、複数の機種を導入して、業務改善で成果の出たところをモデル施設として、未導入の施設経営者にどんどん見学にきてもらう仕組みが有効であろう。
(2)機能面での課題と対策
せっかく開発されたロボットが現場ニーズと乖離している例が数多くある。ある研究所では、大人の女性の要介護者に見立てた人形を巨大なロボットが抱きかかえて運ぶロボットが開発されている。
また、ある大学では、声による命令に従ってロボットが焼き上がった食パンをお皿に載せたり、皿を載せたお盆を食卓まで運搬したりするものが開発されている。
これらは一見便利なようだが、実際の介護現場では使われることはほとんどないだろう。その理由は、そもそもロボットの寸法が大きすぎて大半の介護現場で扱いにくいこと、ロボットが提供できる機能のニーズが現場で低いことにある。
使用準備などに手間がかかるのも機能面での課題だ。例えば、サイバーダイン社の歩行支援型ロボットスーツHALは、リハビリ現場での活躍が期待されている。しかし、装着に時間がかかり、歩行訓練時には理学療法士の付き添いが必要など、汎用性にまだ課題がある。
(3)経済面での課題と対策
仮に機能面で有用な介護ロボットがあり、それを導入しようとしても、経済面での課題が出てくる。先に挙げた要介護者を持ち上げて移動するようなロボットは、大半が700万円から1000万円程度の価格となっている。
現時点では介護ロボット導入に対する補助金や介護保険加算が存在しないため、導入する施設に高額な費用負担が強いられる。
さらに「費用対効果が見えない」という意見も多い。これに関しては、介護ロボットを導入しても、その扱いに人手がかかるため、経営上のメリット(介護従事者の負担軽減、コスト削減、など)が見えにくいためと思われる。
この原因の一つとして、ロボットメーカーあるいは販売代理店から介護施設側に対して、介護ロボット利用時のメリット情報がうまく伝わっていないことが挙げられる。
しかし、それ以上に、ただでさえ忙しく、現状以上に新たな業務を増やしたくない現場の担当者が介護ロボットの扱いに時間を取られた結果、それに見合うだけの成果がはっきり出ないと担当者はもちろん、経営者もメリットを実感しにくいのだ。
介護ロボットに対して施設がどれだけの予算を費やせるかを尋ねると、多くの施設で「年間100万円以下」という声が返ってくる。月額なら8万円程度である。政府の5カ年計画では、開発する介護ロボットの価格を10万円程度にすることを目標にしている。
10万円程度の価格を実現するには、こうした「ロボット」ではなく、現場ニーズの高い機能に絞り込み、操作をシンプルにした「道具や器具」に近いものが主力になるだろう。このあたりのイメージも潜在利用者に共有してもらうことが重要だ。
(4)業務面での課題と対策
日本のお家芸は製造業の工場に導入されている産業用ロボットだ。これらに期待されているのは溶接や組み立てなどの標準化された業務を効率的に継続して行うことにある。
ところが、介護現場の場合は、業務の流れが画一的でなく標準化しにくいうえ、要介護者という人間が相手ゆえに必ずしも業務効率を追求することが歓迎されない雰囲気がある。こうした状況の現場には、ロボットがなじみにくいという実情がある。
介護現場のスタッフの多くは、業務負担の軽減は助かるが、施設の利用者・入居者とは、より多く直接触れ合うのがよいという気持ちを持っている。利用者に直接接するロボットではなく、介護従事者の間接的な業務を支援するロボットで市場開拓を進めるのも一つの方法だろう。
(5)意識面での課題と対策
先述の通り、介護業界におけるロボットへの拒絶意識と先入観もネックとなっている。特にベテランの介護スタッフほど「介護は人の手で行うべきものであり、介護ロボットを使用することには心が感じられない」といったロボット使用への抵抗感があるようだ。
これは、まだ介護ロボットが普及しておらず、そのメリットや価値が理解されていない現状では仕方がないだろう。こうした拒絶意識や先入観は、介護ロボットに対する認知度が高まり、理解が深まるにつれて、徐々に解消していくだろう。
また、本連載第7回で取り上げたオリックスリビングの調査でも明らかなように、介護する人もされる人も年齢層が若くなるほど介護ロボットへの拒絶意識は少なくなっている。世代交代によって意識面も改善されていくだろう。
また、根本的な課題として、介護業界自体の経営体質や改善意識の希薄さが介護ロボット導入のネックになっているという声もある。これらはとりわけ特養など比較的国の保護を受けて来た施設でよく聞かれる。
しかし、介護財政のひっ迫から特養にもこれまでより効率的な経営が求められるようになってきた。今後は経営改善策の一環として介護ロボットの積極的な導入が不可欠となろう。