2020年11月20日 日経MJ連載 なるほどスマート・エイジング
今年の秋の褒章受章者に「スーパーボランティア」として有名な尾畠春夫さんの名前があった。尾畠さんは2018年8月に、山口県周防大島町で行方不明になった2歳児をわずか30分で見つけ出したことで有名になった方だ。
彼の収入は毎月5万5000円の国民年金のみ。収入も決して多くない81歳の後期高齢者の彼がボランティア活動に注力し続ける理由は何か。
米国立衛生研究所(NIH)の一つ、国立エイジング研究所の初代所長で、心理学者のコーエン氏は、三千人を超える退職者インタビューから興味深い知見を得ている。
それは「あなたにとって、人生の意味や目的を感じさせるものは何ですか」との質問に対し、あらゆる人が「他人の役に立つこと」と答えていることだ。それも収入のレベルや人種、文化的背景に関係なく答えているそうだ。
コーエン氏は「人間はそもそも『より大きな善きことのために貢献したい』という慈善心に富んだ崇高な衝動を抱いていることを示している」と語る。こうした考えはキリスト教の影響が色濃いように見える。
だが尾畠春夫さんも含めてキリスト教の影響を受けていないがボランティアに取り組む人が日本にはたくさんいる。これはどう解釈すればよいのか。
誰かの役に立つとその人から感謝される。「君のおかげで助かったよ、ありがとう」などと言われると誰しも嬉しいものだ。特に中高年になると他人から感謝されることが若い頃に比べて一段とうれしく感じるようだ。
理由の一つは、中年期を過ぎると他人から感謝されたり褒められたりする機会が減っていくことだ。職場なら中間管理職以上の立場であり、部下を褒めることはあっても、自分が褒められることはあまりない。
一方、家庭では親が同居していない限り、男性も女性も最年長者であり、褒めてくれる人はまずいない。ところが人は誰でもいくつになっても褒められたいものだ。
もう一つの理由は、他人から感謝されたり褒められたりする行為が「心理的報酬」であることだ。これらの行為により、以前取り上げた脳内の「報酬系」が活性化し、ドーパミンの分泌が促されてやる気や元気が出る。
東北大学の研究によれば、こうした「心理的報酬」を受けているときの脳を機能的MRIで見ると、報酬系の中枢である「線条体(せんじょうたい)」という部位が活性化していることがわかっている。
また金銭的報酬を受けるときに活性化する脳の中枢が同じ線条体であることもわかっている。このため研究者のなかには「心理的報酬」は「金銭的報酬」、つまりお金に置き換えられるという人もいる。
しかし私たちは同じ報酬でも、「金銭的報酬」と「心理的報酬」が異なる性質のものだと認識している。この理由は報酬が「何によって」もたらされているのかを大脳の前頭葉で認知し、その性質の違いを識別して記憶しているためだと考えられる。
高齢期になると多くの人は、誰かの役に立つことをしたくなる。その理由は金銭的報酬より、人から感謝されることで自分が幸福を感じるといった心理的報酬が好ましくなってくるからだ。
こうした心理的報酬が軸となるボランティア機会が多くあると、高齢期にも精神的に豊かな生活を送ることができる。これが重要だ。