朝日新聞 2015年5月25日 なるほどマネー Reライフ 人生充実
定年後に会社勤めではなく、わざわざ起業する意義は何か
働く年金世代が増えています。総務省の労働力調査によれば、65~69歳までの就業率は2014年度に40・7%となり、10年前に比べて8%程度伸びています。私は本連載第1回で、退職後も何らかの仕事をして年金以外の収入を得る生活を強くお勧めするという話をしたので、これはよい傾向といえます。
一方、最近の傾向は、65歳以上の働き手に自営業者が減り、会社勤めが増えていることです。昔に比べ企業が高齢者を積極的に雇うようになったためです。こうした傾向のなかで定年後に会社勤めではなく、わざわざ起業する意義は何でしょうか。
第一の理由は、会社勤めしたくても、やりたい仕事が見つからない場合が依然多いこと。連載第5回で紹介したCさんがそうでした。自営業よりも会社員が増えているといっても、介護や建設業などの業種に集中しているのが実態です。こうした業種とは違う仕事がしたいなら、起業するという選択になります。
第二の理由は、起業には会社勤めにないメリットがあること。その筆頭は他人に雇われずに済むことです。あれこれ指示されることなく、自分で意思決定できます。年下の上司に仕える必要もない。
また、身の丈起業であれば会社での人間関係に煩わされることなく仕事に専念できます。会社での余計な付き合いがなくなり、ラッシュアワーでの「痛勤」も減るでしょう。
第三の理由は、60代後半になると会社勤めとは異なる働き方を求めたくなること。私は実はここが定年後起業のカギだと思っています。
定年前後の人には「解放段階」か「まとめ段階」の場合が多い
米国の心理学者コーエンは、後半生の心理的発達に四つの段階があり、定年前後の60代から70代前半の人には「解放段階」か「まとめ段階」の場合が多いと述べています。
解放段階は今やるしかないという気持ちが強まり、やりたくてもできなかったことをやる傾向があります。35年間サラリーマン生活を送ったEさんは、60歳で退職後、資格を取って庭師になりました。Eさんは以前から「職人」に憧れていました。「自分の技量と判断でマイペースに仕事ができる」というEさんは、74歳の今も現役でいきいきと過ごしています。
一方、まとめ段階には、世の中に恩返ししたくなり、人のために何かしたくなる傾向があります。連載第3回で取り上げたAさんの買い物代行、第4回で取り上げたBさんの便利屋が、まさにこの例です。どちらも利益はそれほど出ませんが、むしろ買い物弱者や生活が不便で困っている人のためになることが、やりがいになっている例です。
起業には会社勤めでは得られない新たな発見が多い
定年退職後の選択肢は人によって様々です。よい機会があるならば、会社勤めを続けるのも手でしょう。しかし、可能ならば定年後の(定年前でも)起業を私はお勧めします。その理由は、起業には会社勤めでは得られない新たな発見が多いからです。
退職後に庭師になったEさんは「サラリーマン生活」と「職人生活」で「人生を2回」楽しんでいると言います。短い人生をメリハリ付けて楽しむための手段が起業であり、それを低リスクで実現するやり方が身の丈起業なのです。
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