ノウハウは現役時代にあり:定年後に起業する③

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朝日新聞 2015年5月4日 Reライフ 人生充実 なるほどマネー

「現役時代の経験・ノウハウ」を生かしてテーマを選ぶ

起業した事業がうまくいくかどうかは「どういう事業テーマ」を選ぶかがカギです。有効な方法の一つは「現役時代の経験・ノウハウ」を生かすテーマを選ぶことです。

例えば、設計会社に勤めていた人が定年後に設計事務所を開設する、出版社に勤めていた人がライターで起業するというやり方です。現役時代の経験や人脈がほぼ直接生かせるので、起業のリスクはかなり低くなります

一方、退職後には現役時代にできなかった、自分のやりたいことで起業したいという人もいます。Aさんは、60歳で定年、64歳まで嘱託として勤めた後、退職しました。自分の好きなことを仕事にしたいと思い、長くアイデアを温めてきた女性向けの靴のデザイン、製造・販売で起業しようと計画していました。

ところが、起業支援の専門家に「製造設備はどうするのか」「資金調達は」など事業計画の甘さを指摘されました。「いいものを作れば売れるだろう」と甘く考えていたAさんは、このテーマでの起業を泣く泣く断念します。

意気消沈したAさんは帰宅途中に道端で転倒しているおばあさんに遭遇します。聞けば買い物に行く途中だったとのこと。Aさんは「それならおれが買ってきてやるよ」と、代わりに買い物をしてあげたらおばあさんは大喜び。その後、この話を聞いたおばあさんの近所からも同じ依頼がやって来ました。これがきっかけで、Aさんは年配者向けの買い物代行での起業を決意しました。

買い物代行の顧客は足腰が弱って自分で買い物に行けないお年寄りたち。その人たちに築地市場で目利きした良質の食材を自宅まで届けるのです。料金は少し高めですが、コンスタントに注文があります。お年寄りたちは自分で買い物に行けないので、多少値段が高めでも本当においしいものを求めるからです。

身の丈起業のノウハウは現役時代に培われる

Aさんの例は、長年の思いを捨てて、偶然「買い物代行」というテーマを見つけられただけの成り行き主義に見えます。しかし、私には一見偶然に見えるこの起業テーマが、実は必然のテーマだったように思えてなりません。Aさんが現役時代に食品会社でバイヤーとしての経験を積んでおり、培った食材の目利き力と業者との人脈が事業の価値になっているからです。

Aさんの例には「身の丈起業のノウハウは現役時代に培われる」という重要なメッセージがあります。定年退職後に身の丈起業をするつもりならば、現役時代の今、携わっている業務に懸命に取り組み、ノウハウを身に着けることが有用になります。

Aさんは現役時代には、自分のやっていることが退職後の起業に役に立つとは思っていませんでした。しかし、いろいろと回り道した結果、行きついたのは自分の経験が生きることでした。

逆に言えば、定年後の起業で取り組みたいテーマが明確ならば、それを意識した経験を現役時代に積むようにすることが身の丈起業に有用になることでしょう。

*本記事を朝日新聞社に無断で転載することを禁止します。転載希望の場合は、朝日新聞社に連絡願います。

この記事を書いた人
村田 裕之

村田アソシエイツ株式会社代表取締役、東北大学加齢医学研究所スマート・エイジングセンター特任教授

日本の中高年向け事業開発プロデューサー、起業家、社会学者。専門は中高年を対象とした事業開発と消費行動分析、日本と諸外国の高齢社会研究、スマート・エイジング論など。

1999年に日本で初めて「アクティブシニア市場」の重要性を指摘し、情報武装した高齢者「スマートシニア」の出現を予言した。2004年に「シニアビジネス」という言葉を初めて公に提唱し、女性専用フィットネス「カーブス」の日本への紹介、NTTドコモ「らくらくホン」の商品開発支援、関西大学とのカレッジリンク型シニア住宅の創成など、950以上の企業の事業開発に携わっている。日本におけるシニアビジネス分野の第一人者として知られている。

2006年に東北大学からの依頼でスマート・エイジングのコンセプトを提唱し、2009年10月東北大学スマート・エイジング国際共同研究センターの設立に参画。スマート・エイジング・カレッジを11年間主宰し、市民の健康リテラシーの向上とのべ406社との産学連携を推進してきた。

シンガポールに拠点を置く Asia Pacific Eldercare Innovation Awardsにより2018年5月に「Global Ageing Influencers」に、2024年5月に「Super Ageing Japan Outstanding Entrepreneur(スーパー・エイジング・ジャパン卓越起業家)」に選ばれた。

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