市場に支持される企業・NPOへ向けて

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2008年春号 生活・福祉環境づくり21 スマート企業を目指してー第1回ー

「CSR(企業の社会的責任)」や「SB(ソーシャルビジネス)」など、社会的企業に対する期待が高まっている。弊誌は昨年度、「自立と共生の地域づくり」をテーマに、企業も地域社会の一員として生活者・NPO・行政等と連携していくことが必要であることを見てきたが、今年度は地域を含め、これからの共生社会において社会から評価される高感度企業を「スマート企業」と位置づけ、そこへ向けての動きを追う。第1回目の今回は、シニアビジネスの第一人者としてご活躍中の村田裕之氏(村田アソシエイツ代表)に、多様化するこれからのシニア市場で支持される企業・NPOへ向けてのヒントを教えていただいた。

社会に評価される企業とは?

―――今、企業の社会性が重要視されていますが、どのようにご覧になっていますか?

●ミッションのない企業はない

もともと日本では、松下幸之助や出光佐三といった、社会に尊敬される企業の創業者は皆、企業は社会の器であると考え、社会に役立つことを実践してきました。ですから企業が社会性を追求することは今に始まったことではないし、私自身はCSRを云々する前に、まずは目の前の顧客を大切にできているかどうかを問い直すほうが大事だろうと考えています。

そもそも企業は、すべて何らかの社会的ミッションを持ってスタートしています。その点は営利企業もNPOも同じです。

営利、非営利という分類に関わりなく、ミッションを持ってスタートする以上、ミッションを達成するためには企業を存続しなければなりません。それには利益を出さなければいけないし、利益を出すためには、顧客の求める価値を提供して売上げを上げなければなりません。当たり前のことですが、ミッションを追求していけば、社会性は自然に後からついてきます。

ところが規模が大きくなると、四半期ごとの利益を出すことだけに汲々としてしまい、本来のミッションを忘れてしまう本末転倒の企業も出てきます。一体、何のために事業をしているのか、忘れてしまうのです。あるいは規模を追求していく中で、創業時の苦労を知らない社員が増え、創業時の精神とか文化が薄まってしまうことでミッションが忘れ去られることもあります。そうならないためには、この企業は何のために事業をするのか、日々振り返って、問い続けるしかありません。

●NPOに利益は必要ないのか?

一方、非営利団体と分類されるとはいえ、NPOもミッションを達成するためには利益が必要です。利益はどこからくるかといえば、顧客です。顧客を得るためには営業しなければいけません。ですからNPOにとっては、営業力をつけることがとても大事です。しかしほとんどのNPOはこれができていません。そればかりか、気がついたら体のいい行政の下請けになっていた、ということが多いのが現実です。

リタイアした団塊世代が地域デビューしてNPOなどで活躍するようになるといいますが、実際には地域は女性たち中心に動いていて、企業社会にいた男性は相手にされないか、ついていけないことが多い。結局、男性が企業時代に培った営業力は地域では発揮されないことが多いのです。

企業にいた男性が、地域のフラットな関係性の中で力を発揮するためには、企業で培った経験を活かしながら、企業での体験にとらわれすぎずに、相手の立場に立って取り組むことが必要になります。

●非営利でも自立した企業体

日本ではNPOは非営利だから、利益を出してはいけないと思っている人が少なくありません。しかし、アメリカでは違います。有名なAARPは、2000人の従業員を持つ、世界でも最大級のNPOですが、傘下に営利企業をいくつか持っていて、円に換算して900億円くらいの年間予算があります。そのうち会員から得られる会費収入は、全体の4分の1くらいで、あとは営利企業から得られる事業収入で運営されています。

また、ボストンのエルダーホステルは、NPOでありながら、55歳以上の人に特化した生涯学習プログラムで、年間230億円くらいの売上げを上げています。アメリカではNPOといえども年間何百億円もの売上げがある企業体なのです。

アメリカのNPOは、501(C)(3)という法律に則って法人化されています。この法律によって設立されたNPOと、営利企業との違いは、収益をステークホルダーに再配分してはいけないということです。だから収益が出ても役員にボーナスを出すことはできません。

しかし、当たり前ですが、利益は出していいのです。その代わりに教育に役立つとか地域の環境に役立つといったミッション・ステートメント(綱領)に沿って運用することと、そのために経営の透明性を確保することが、厳格に求められています。

このようにアメリカではNPOも営利企業と同じように利益を出して経営されている企業体であり、そのトップにはれっきとしたビジネス・プロフェッショナルとしての経営者が就いています。日本でもNPOが本来の社会的使命を達成するためには、きちんと利益を出さなければならないということがおわかりいただけると思います。

市場に求められるサービスとは?

―――AARPを目標にしているところは日本にもたくさんありますが、成功しているところはあまりないのではないでしょうか。

●「ありそうでなかったもの」を形にする

多くの人がAARPを真似して、同じようなシニア会員組織を日本にもつくろうとしていますが、うまくいきません。理由は簡単です。今でこそ巨大なAARPも、最初は市場に「ありそうでなかったもの」を商品化するという「ニッチ市場」から事業を始めていることを、見落としているのです。

もともとAARPはエセル・P・アンドレスという退職した元教職員の女性が始めた会員組織です。当時、アメリカは今以上に社会保障制度が薄く、退職後は勤務先の健康保険が使えないので、自腹で高い民間保険に入るしかありませんでした。おまけに退職金も少ない、年金も少ない。これでは安心して生きていけないというので、彼女が考えたのは、自分と同じような退職者が大勢集まったら保険の割引購入ができるのではないかということでした。

そこでまず、AARPの前身である全米退職教職員協会が1958年に設立されました。この協会は退職者全員に共通の問題を扱っているということで、1962年にAmerican Association of Retired Persons、AARPに改組されました、AARPはその後どんどん会員を増やし巨大化しますが、最初に、人数をたくさん集めれば割引購入ができるはずだと考えたアンドレスさんは、単なる教員OBではなく優れたビジネスパーソンだったといえます。

●キラーコンテンツを持て

こうした会員制サービスを成功させようと思ったら、大事なのはキラーコンテンツを持つことです。良い例がJR東日本の「大人の休日倶楽部ジパング」です。これはどうして多くの人が利用するかといえば、メリットがはっきりしているからです。

個人会員の場合、年会費4170円でJR東日本と北海道の鉄道が全線2~3割引で乗れます。会費を払っても、2回も利用すれば元が取れる仕組みです。人は1万円でも元が取れると思うなら払いますが、元が取れないと思えば500円でも払いません。

おまけにJRには日本中の鉄道路線を利用できる強みがあります。これはほかのどこにも真似できない「オンリーワン」の強みです。こういうほかでは真似できないキラーサービスを提供することが、会員制サービスの差別化には不可欠なのです。

●人が集まるだけではビジネスにならない

シニアの居場所づくりを行う場合も同じことがいえます。じつは退職したシニアを集めるのは簡単です。皆、時間があるし、友だちは欲しい、情報も欲しい。だからサークルのような場を提供すれば、喜んで集まります。しかしそうやって人が集まることと、それがビジネスになることとは別問題です。

シニアの居場所づくりというと、皆さん、よくアメリカのマザー・カフェ・プラスを参考にしようとします。しかし、これを真似してもなかなかうまくいきません。多くの人が「カフェ」をつくれば成功するだろうと幻想して、コーヒーショップとかサロンのようなものをつくってしまうからです。

実際にはコーヒーショップという業態は、よほど回転率を上げて効率化しないと利益が出ません。店舗費用の高い都市部でコーヒー1杯で何時間も過ごされたら足が出てしまうのが当たり前です。

ではマザー・カフェ・プラスがどうして成功しているかというと、カフェの収益は何とかトントンになるようにしておいて、その周辺に旅行のパンフレットを置いたり、フィットネスのプログラムを置いたりして、誰でも気軽に参加できるようにしているからです。

そこから副収入を得てギリギリくらいで運営しているわけです。もともとここはマザー・ライフ・ウェイズという地元の財団が地域貢献で運営していて、それほど大きく儲けなくていいというビジネスモデルだからできるのです。

日本では、シニア向けツアー会社のクラブツーリズムが、地域のコミュニティサロンとしてクラブツーリズムカフェを展開している例があります。ここは本業の旅行業があるので、カフェそのものでそれほど利益を上げなくてもよいのです。会員がカフェで交流したり活動したりすることで、旅行の需要が生まれるからです。

結局、こうした業態を成功させるための第一のポイントは、何で利益を得るかというコア・ビジネスがはっきりしているかどうかです。明確なコア・ビジネスさえあれば、あとは集客装置としてのカフェをどうつくるかを考えればいいのです。

また、もしコミュニティの拠点としてカフェをつくるなら、そこでつくりたい地域コミュニティとは、いったい何なのかということをまずはっきりさせないといけません。それが曖昧なまま始めて失敗するケースがあまりにも多いのです。

スマートシニアの時代に

―――今後のシニア市場において、企業や生活・福祉環境づくり21のようなNPOにはどのようなことが求められるでしょうか?

●生活者の代弁者として

私は今から9年前に「スマートシニア」という概念を提唱し、シニア市場の創出に向けて電通など異業種企業25社とスマートシニア・コンソーシアム(企業連合)を立ち上げ、今後はスマートシニアが先駆的な消費者として市場をリードしていくだろうと予測しました。9年経過して、スマートシニアは確実に増えています。

スマートという言葉は、「賢い」という意味ですが、さらに「知的で格好がよい」というニュアンスも含まれています。つまりスマートシニアというのは、「賢く、知的で格好よく老後を生きる21世紀型シニア」といえます。

彼らはネットを使って商品の価格や仕様を比較して、自分が求める条件に合った商品を購入して楽しむなど、ネットや携帯電話などのIT機器を上手に使って情報収集する、情報感度の高い賢い生活者です。さらに彼らは退職後も仕事や社会貢献活動を通じて社会に関わり続けたいと考え、積極的な生き方を志向する生活者でもあります。

こうしたスマートシニアが、今後ますます増えていきます。彼らがリードするのは多様化する新しいシニア市場です。企業がそれに対応するためには、生活者の声なき声に耳を傾けることが、ますます重要になります。

そこでそうした生活者の声を代弁する役割を、生活・福祉環境づくり21のようなNPOが担うことが考えられます。生活者と企業・行政のつなぎ手として、生活者の声を吸い上げ、企業や行政に渡していく。そうした代弁者としての役割も生活・福祉環境づくり21のようなNPOには期待されていくのではないでしょうか。

―――ありがとうございました。

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