りそなーれ 2013年3月号 特集 シニアマーケットの真実
スマートシニアとは何か
「スマートシニア」とは、筆者が1999年9月15日の『朝日新聞 論壇』および当時在籍していた日本総合研究所の月報「Japan Research Review」9月号に寄稿した「スマートシニアがけん引する21世紀のシニア市場」と題した論文で提唱したコンセプトである。
スマート(Smart)とは「賢い」という意味だ。だから、スマートシニアとは「賢いシニア」のことである。当時の私の定義では「ネットを縦横に活用して情報収集し、積極的な消費行動を取る先進的な高齢者」のことだ。
図表1は、2001年12月から2010年12月までの年齢階層別インターネット利用率の推移である。最も利用率が増えている年齢階層は、明らかに50代以上である。2001年から2005年では、50代で増えた。2005年から2010年では、60代でも増えた。おそらく、あと10年経つと、70代以上の利用率がもっと上がるだろう。
これでおわかりのように、シニアにおけるネット利用率の上昇は時間の関数である。したがって、これと連動して、スマートシニアの割合も徐々に増えていく。
スマートシニアの増加で、市場はどう変わったか
スマートシニアの増加により過去10年間で最も劇的に変わった市場の1つは、有料老人ホーム市場である。
2006年頃までは、ある高級老人ホーム運営会社が、『朝日新聞』や『日本経済新聞』に全面広告で昼食付きの無料説明会の案内を出すと、定員600名のところ、倍の1200名程度は即座に集まった。そして説明会終了後にアンケートを行なうと、参加者600人のうち50人くらいが「ぜひここに入居したい」という意向を示し、実際に大勢入居した。当時、その老人ホームの入居一時金は平均で5000万円程度だった。
それが、2006年頃を境に様子が変わってきた。新聞に全面広告を出せば、相変わらず見込み客は集まり、説明会にはやって来る。ところが以前と異なり、無料説明会に参加しても、その場で入居申し込みをする人が激減していった。
その理由は、こうした説明会に来る人は事前にネットでわかる限りの情報を集め、他の施設を数多く見学し、知人から口コミ情報を得たうえでやって来るようになったからだ。30~40件以上の施設を事前に見学し、施設パンフレットをコレクションにする人も現れた。
なかには、体験入居をする際にデジタルカメラを持参し、深夜の1時という運営体制が最も手薄になる頃に部屋の緊急通報ボタンを押して、スタッフの対応状況を写真に収めるという“つわもの”も現れた。こうした変化が、「スマートシニア」が増えたということの具体的な例である。
このような、商品をじっくり吟味して衝動買いをしない「スマートシニア」が増えたため、有料老人ホーム市場では常に供給過剰となっている。これが、有料老人ホーム市場で価格破壊が起きた根本的な理由である。
スマートシニアの消費行動にはどんな特徴があるのか
スマートシニアは、パソコン、インターネット、ケータイ、デジカメ、スマホ、タブレットといった情報機器の扱いに積極的である。このため、スマートシニアは、普通のシニアに比べて消費行動の面で次の特徴が見られる。
(1) 何か(特に高額品)を買う時に情報収集を徹底する
(2) ネット通販で買い物をする割合が多い
(3) 外出時に必ずケータイ、スマホ、タブレットのいずれかを持参する
スマートシニアはネットでの買い物に抵抗感がないので、ネット通販で買っても実店舗で買っても差がないもの(たとえば、ソフトウェア、書籍やCDなど)は、ネットで購入する傾向が強い。
一方、パソコンやちょっと上質な衣類、靴など「実際に使ってみないとわからないもの」は、ネットで周到に情報収集したうえで、実店舗で買う傾向が強い。特にパソコンなどの情報機器については、価格Comのような価格比較サイトで価格相場を確認し、メーカーの商品説明サイトで製品の特長や仕様をよく吟味してから、実店舗に行って価格交渉をしたうえで購入する。
旅行商品の購入でも異なる傾向がはっきり見られる。普通のシニアは、新聞広告や旅行会社から送られてくるパンフレットのなかから、購入する商品を選ぶ。これに対してスマートシニアは、新聞広告や旅行会社のパンフレットに記載の情報を、ネットを駆使して自分で調べ、価格や内容を吟味する。
そして、多少英語ができる人なら、旅行代理店に依頼せず、自分で直接現地のホテルや業者に連絡をとって予約する。英語ができない人は、現地の手配を日本語で行っているサイトを見つけて、そこを通じて予約する。同じ代理店を通す場合でも、現地の代理店と直接やる方が価格も安く、情報も多くなるからだ。
このようにスマートシニアは、情報機器を縦横に駆使して、多様な選択肢から価格と品質とのバランスを綿密に比較し、合理的な購入意思決定を行う傾向が強い。普通のシニアが代理店などに丸投げする「他力型消費者」の傾向が強いのに対して、スマートシニアは代理店などに過度に依存せず、自ら直接情報収集して判断する「自立型消費者」である。
スマートシニアの増加は、「企業活動のシニアシフト」を加速させる
したがって、これも筆者が常々主張していることだが、商品を右から左に流すだけの中間業者は、存在意義がなくなる。
求められているのは、スマートシニアの購買意思決定に役立つ情報を、欲しい時に、欲しい形態で提供するサービスである。旅行代理店のような中間業者は、従来の「販売促進」ではなく、スマートシニアの「購買支援」をより徹底する必要がある。そうでない代理店は、遅かれ早かれ淘汰されていくだろう。
こうした傾向は、いまや多くの市場分野で見ることができる。たとえば、食品市場では、従来、メーカー、卸、小売りそれぞれの役割分担があった。しかし、前述のとおり目の肥えたスマートシニアの増加(あるいは高齢者のスマート化)により、食品のような毎日の生活必需品でも、同じ品質ならより価格の安いもの、同じ価格ならより品質の高いものへと、いとも簡単に目移りするようになっている。
このために供給サイドは、見た目の価格とは異なる面での差別化に力をいれるようになる。たとえば、スーパーなどの小売りでは、少量でも買える小口の惣菜やデザート、少量パックのコメや調味料などの品揃えを増やした。また、飲料や酒、コメなどの重いものは自宅に届けてくれる宅配サービスを導入する店舗も増えた。
さらにはシニア客の来店を促すために65歳以上を対象にしたシニア割引も登場した。他方、既存の大型店に来店しづらい都市部住宅地のシニア顧客を対象に、イオンの「まいばすけっと」のような住宅地に近い立地での小型スーパーが登場し、店舗数を増やしている。
このように「スマートシニア」の増加は、商品・サービスの提供側である「企業活動のシニアシフト」を加速するのだ。
2013年のシニアビジネスはどうなるか?
筆者は団塊世代の最年長者が65歳に達した2012年がシニアシフト元年だと主張しているが、2013年は、それがさらに加速され、より多くの分野でこうしたシニアシフトの動きが顕著になっていくと予想する。シニア市場=団塊市場ではないが、今後、団塊世代がスマートシニアの中核的存在となっていくことから、以下、団塊世代に焦点を当て、その動向を予想する。
筆者は一貫して『シニアの消費は年齢ではなく、シニア特有の「変化」で決まる』と主張している。(その詳細は拙著「シニアシフトの衝撃」(ダイヤモンド社)に述べているので参照願いたい)団塊世代については、退職という「本人のライフステージの変化」が最も重要だ。
電通の調査によれば、退職をきっかけに行うことの一番は「夫婦での旅行」だ(図表2)。これは定番商品で、退職したら半分くらいの人が旅行に出かける。旅行の次に「家のリフォーム」「株やファンドの購入」「保険の見直し」が上位にくる。これらの共通点はどれも高額商品であることだ。こうした商品は、退職した瞬間にはある程度売れる。ということは、そうたびたび売れる商品ではない。だから、ターゲットとする顧客がどのタイミングで退職するかを知ってタイミングよく提供することが重要となる。
もう一つ、団塊世代で重要なのは、退職しても働き続けたい人の動向だ。かつて2007年に、団塊世代の最年長者が60歳に達し、一斉に定年退職し、労働市場や商品市場に大きな変化が起こると騒がれた。しかし、結局、その時はそれほど大きな変化が起きなかった。団塊世代の多くが働き続けたからだ。一方、2012年から団塊世代の各年代が順番に65歳に達し、今度こそ大きな退職市場が生まれるという期待がある。
前述のとおり、旅行需要などはその一端であるが、5年前と違うのは、退職後も何らかの形で働き続けたいと思う人の割合が増えていることだ。この背景には、2008年のリーマンショックや歴史的円高の進展により、産業空洞化と景気低迷の長期化し、先行き不透明感が強まったことにある。このため退職しても稼げるうちはできるだけ稼いでおきたいという人の割合が増えたのだ。
ところが、現実には65歳以上の人の雇用の受け皿はそれほど多くない。経営者側は、人件費の高い高齢層を長く雇用するより、人件費の安い若年層を増やしたいと思う傾向が強いからだ。ここに需要と供給のギャップがあり、これを埋めるところに新たなビジネスチャンスがある。
つまり、退職後も何らかの仕事を続けたい人向けの支援サービスだ。既存のシルバー人材センターなどの公的サービスとは異なる、利用者本位のものが求められている。既に都市部を中心にレンタルオフィスや起業支援、販売代行サービス、人材派遣などのサービスは増えつつあるが、2013年はそうしたものの種類が格段に増えるだろう。
シニアビジネスの基本は「不(不安・不満・不便)」の解消である。退職後の団塊世代の「不」を注意深く眺めれば、多くのビジネスチャンスが見えてくる。