シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第94回
1.14年のヒット商品から読むシニアのニーズの背景
実消費で100兆円以上、私の試算で正味金融資産482兆円という世帯主60歳以上のシニア市場には大きな潜在力がある。一方、シニアの資産構造にはドラスティックな構造変化が起きにくい。このため、15年のシニア市場を読むには、14年のヒット商品の背景を深く理解することが有用だ。
格安スマホ
格安スマホは14年の流行語の一つに挙げられた。主たる購入者はシニアだった。口火を切ったのは、既存の大手キャリアではなく、小売業のイオン。昨年4月、端末代と通信料合わせて2980円で発売した格安スマホに多くのシニアが飛びついた。
この理由はその価格設定にある。シニアが電話の購入を考える場合、価格の基準が月額3000円にある。これは実は固定電話の月額料金である。従来型携帯では月額3300円程度なので、2980円はどちらよりも安い。月に7800円程度かかる通信料がネックで、大手キャリアのスマホ購入へ二の足を踏んでいた多くのシニアが飛びついたのはこれが理由だ。
多くのシニアの資産構造は「ストック・リッチ、フロー・プア」。このため、日々の生活には出費が控えめな人が多い。だからといって、ただ安ければ買うというわけでもない。重要なのは価格そのものではなく、価格設定の妙にある。
JR九州「ななつ星in九州」
JR九州が2013年10月に始めた豪華寝台列車「ななつ星in九州」の旅は、高級感ある内外装の車両に乗り、九州の名所を回るぜいたくなものだ。料金は第4期(14年8~11月出発分)の場合、3泊4日で1人当たり43万~125万円と高価だが、60代を中心に常に予約は埋まっている。
これだけの高額ツアーなので、参加者は富裕層ばかりかというと、実はそうでもない。筆者の知り合いで、第1期のツアーに千葉県から参加した65歳の女性は介護施設の職員だった。先述の通り、一般に高齢者世帯の所得はそれほど高くない。なぜ、富裕層ではない一般の人が、こうした高額商品を購入するのだろうか。
米国の心理学者コーエンは、50代半ばから70代前半にかけての心理的発達の段階を「解放段階」と呼び、この段階には、今までと違うことをしたくなるという。もう人生は長くないのだから、自分のやりたいことをやろうという気持ちが、新たな行動を後押しするわけだ。
富裕層でなくても、列車が大好きで「これを逃したら二度と乗れない」と思えば、へそくりをはたいてでも豪華ツアーに参加する。これが「解放型消費」と筆者が呼んでいるシニア層の消費の一つの断面だ。
2.15年は「不易(ふえき)商品」が流行する
15年もシニア向けヒット商品のカギは「価格設定の妙」と「解放型消費」にある。これに加えて、15年は「不易(ふえき)商品」が流行する。「不易」はいつまでも変わらないことを意味する。
筆者がこう予想する理由は、14年が自然災害の多発や不可解な経済現象など「予測不能性」が一段と強まった年だからだ。想定外の出来事が頻発し、変化が激しい不安定な時代には、逆に「確かなもの」「不変の真理」「未来への希望が持てるもの」への期待・あこがれが強くなる。これらを踏まえると、15年にヒットしそうなものとして次が挙げられる。
孫への生前贈与非課税枠の適用拡大と関連商品
政府が主導する少子化対策のネックは財源の確保である。13年4月に導入した孫への生前贈与非課税制度は、シニア層の金融資産を次世代に移転する効果があることが証明された。
これを孫の教育資金に限定せず、孫の住宅購入などへも適用拡大することで、住宅がネックで結婚・出産に踏み切らない若年層を後押しできる。さらに、これまでは孫に移転しただけだったシニアの資産が実消費に回ることで、経済活性化のエンジンになる。
介護保険に頼らない健康寿命延伸商品・サービス
シニアの3大不安は、健康不安、経済不安、孤独不安である。このうち、健康不安が最も重要で、先行きが見えない時代ほど健康維持へのニーズは大きくなる。今後は介護保険報酬に過度に依存しないサービスの拡大が予想され、介護予防・健康寿命延伸支援商品・サービスはその量・質ともに増えていく。
シニアによる社会起業パトロン制の復活
モノの消費よりも、心を満たすコトを求めるシニアが、社会の課題解決のために活動している起業家・NPO・アーティストなどへの支援を増やす。
たとえば、地域をテーマにした映画を製作している若手映画監督に制作資金を提供したり、地元での映画祭開催に協力したりするなど自らの社会参加機会を増やす意味もある。次の世代の明るい未来のために一肌脱ぎたいというシニアは少なくない。