加速するシニアシフト 超高齢社会はビジネスチャンスの宝庫だ!

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Ace 2013年夏号 特集─どうなる? シニア市場

「シニアシフト」の本番が始まった

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日本は高齢化率世界一の超高齢社会。超高齢社会は、さまざまな課題を喚起するが、産業界が期待するのはビジネスチャンス。団塊1期生が65歳を超え、大量退職することにより、大きな市場が生まれるとの期待もあり、このシニア市場をターゲットとした「シニアシフト」が加速している。市場攻略のヒントを、シニアビジネスの第一人者である村田裕之氏に伺った。

シニアビジネスブームは、数年ごとに起こっています。2007年には、まだ60歳定年の企業が多く、ライフステージが変わる団塊世代を期待してのブームでした。しかし、これは一過性のもので終わりました。

その原因は、大騒ぎされた大量退職が起こらなかったことです。団塊世代の半分以上は女性であり、60歳になる前にすでに退職していたこと。そして、男性は、定年延長を選択し、給料が下がりながらも雇用を継続していたからです。企業の市場参入も様子見程度のものが多く、成功モデルをあまりつくれませんでした。

しかし、今回の動きは5年前とは違った様相を呈しています。多くの業種の企業が本腰を入れて参入し始めました。若者市場、ファミリー市場から、シニア市場へと軸足を移し始めているのは、今後、長期にわたって進行することが確実な、超高齢社会への真剣な対応を迫られているからです。

シニア市場は俗に「100兆円マーケット」などといわれることもありますが、まとまったひとつ大きな市場が存在するわけではありません。シニアの生活は、人生観、ライフスタイル、趣味嗜好、収入により多様化しているため、「小さい市場の集合体」であるという性質を見極めておくことがまず大切です。

「ストック・リッチ、フロー・プア」がシニアの実像

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厚生労働省の「国民生活基礎調査」より、高齢者世帯(※)と全世帯の年間所得分布を見てみると、図1のように高齢者世帯の所得は、バラツキがとても多いのです。そして、高齢者世帯の消費形態も多様です。

私は、シニアの平均的な財布事情は「ストック・リッチ、フロー・プア」だと分析しています。図2は世帯主の年齢階級別の正味金融資産(貯蓄マイナス負債)平均値。これを見ると、60代=2093万円、70歳以上=2145万円と、60代以上は他の年代よりも圧倒的にストックが多いことがわかります。

しかし、図1でわかるとおり、高齢者世帯の年間所得平均値は307・9万円と、全世帯平均の549・6万円の半額強。しかも、100万円~300万円の間に多くの世帯が入っています。つまり、所得フローで見ると、60代以上は一般でいわれるより「プア」なのが実態です。

シニア世代は、病気、介護、葬式など「いざというとき」に備え、お金を蓄える傾向が強く、日常生活においては倹約志向が強い。確かに保有資産は多いのですが、消費には回りにくくなっているのです。私は、消費の形態を次の3つに分類しています。

①フロー消費
②ストック消費
③ストック・フロー消費

フロー消費とは、生活必需品などの消費財で、ほぼ毎日買うもの。ストック消費とは、金融商品、家のリフォーム、海外旅行、入院、葬式、墓などの非日常消費です。

フロー・ストック消費とは、購入時に高額を払い、利用時に少しずつ支払うという消費形態です。有料老人ホーム、リゾート会員権、クルマなどの購入がこれに該当します。

シニア特有の「変化」に目を向けることが重要

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企業がこれらの消費を促すには、まず、なぜ、需要が生じるのかを的確に見極めることです。そのためにはシニア特有の「変化」に目を向けることが重要です。

1つ目は、「加齢による肉体の変化」。老眼、体力の衰え、皮膚の衰え、体型の変化、更年期障害、各所の痛みなどを実感すると、対処や予防のための消費が生まれます。

2つ目は、「本人のライフステージの変化」。男性では定年退職による生活の変化がその代表です。多くのビジネスマンは、退職後の旅行に消費します。また、パソコンの購入、資格試験受験、保険の見直し、金融資産の購入、車の買い換え、家のリフォームなど、退職後の人生のための備えをします。

3つ目は、「家族のライフステージの変化」。親の介護、子供の結婚などにより、家の建て替えや住み替え、老人ホームの購入などが起こります。

4つ目が、「世代による嗜好の変化」。肉より魚が好きになる。あっさりした食事が多くなる。習い事に挑戦する。趣味関連グッズの入手など購入するものが変わっていきます。

5つ目が、「流行の変化」。代表的なものが、一時期中高年女性を夢中にさせた「韓流ブーム」。これにより、ドラマのDVD購入や韓国旅行が増えました。流行の変化は激しいので、「飽きられる」タイミングを見計らうことが必要になります。

さらに「法制度の変化」でも事業機会が大きく変わります。公的介護保険制度に代表されるように、新しい法律や制度の施行で潜在市場が喚起されます。

「不の解消」からビジネスモデルを組み立てよう

シニアビジネスの基本は「不の解消」です。「不」とは、「不安」「不満」「不便」であり、これを解消させるものに有望市場の芽が潜んでいます。

特にシニア市場の場合には「健康不安」「経済不安」「孤独不安(生きがい不安)」の3つが、どの調査でも上位にあげられる項目です。

最近のコンビニを見て気づくのは、シニア層の「不の解消」を商品に転換したものが目立つことです。まず、サバの味噌煮などの温めるだけですぐに食べられる総菜の品揃えが豊富になっています。

また、小世帯向けに小分けしたり、塩分を控えめにするなどのシニアシフトが加速しています。何より自宅に近いコンビニで、これまではスーパーに行かなければ買えなかったものが入手できることで、「不便」の解消を図っているのです。

このように、コンビニ、スーパー、デパートなどの流通業では、シニアシフトを着々と進めている一方、製造業ではまだまだ「マスプロ・マスセール」の発想から抜け出せていないように感じます。

もう一つ、「不の解消」で成功したケースをご紹介します。それは、10年前に私が日本に紹介した「カーブス(Curves)」というアメリカの女性専用フィットネスクラブです。このチェーンのコンセプトは、中高年女性の不満を解消することに徹底しています。

「男性と一緒に運動するのがイヤだ」という声が多いので女性専用。「自分が運動する姿を見たくない」というので鏡を設置していない。女性だけしかいないのでメイクも不要。

つまり、「ノー・メン」「ノー・ミラー」「ノー・メイク」の「3M」を売りにして中高年女性に支持を得て、4月末現在で、日本国内で1273店舗、会員数53万人と急成長をしています。

「わくわく感」が消費マインドを喚起する

シニア層に向けた商品・サービス開発の参考になるのが、ジョージ・ワシントン大学の心理学者、ジーン・コーエンの研究です。発達心理学から見た、50代中盤から70代前半のシニア世代を「解放段階」としています。

この段階では、脳の潜在能力が発達し、新たな活動に挑戦するエネルギーが湧きやすくなります。子育てや仕事などに区切りがつき、「自分のやりたいことをやろう」という気持ちから、「インナープッシュ」と呼ばれる自己解放を促すエネルギーが起きやすくなります。

インナープッシュには衝動、欲求、あこがれなどのいろいろな形態がありますが、消費行動のきっかけにもなるのです。私は、このような消費を「解放型消費」と名づけました。シニア世代に「解放型消費」を喚起するキーワードは次の「3つのE」から始まるものです。

Excited……わくわくすること、イキイキすること
Engaged……当事者になること、関与すること
Encouraged……勇気づけられたり、元気にさせられること

50代・60代の「わくわく感」は、何かを始めたい、リセットしたい、変わりたい、新しいことを学びたいなどのキーワードで醸成され、ある程度高価なものでも購入する傾向があります。これが「わくわく消費」と私が呼んでいるものです。

当事者になると、財布のひもが緩みます。この例としてあげられるのが旅行会社・クラブツーリズムの情報誌を配布するエコースタッフ制度。クラブツーリズムは、シニア世代を中心に約700万人もの会員がいますが、旅行情報誌『旅の友』を会員にタダで渡します。郵送だけでなく、顧客の手を借りて、手渡しもするのです。雑誌を渡しながら、共通の趣味である旅行の話題で話が弾みます。

この顧客は配布部数により、数千円から数万円の収入を得られますが、収入を上回る支出を旅行に充てる傾向にあるといいます。私はこれを「当事者消費」と呼んでいます。

また、運動やリラクゼーションなどで、ストレスを軽減、元気づけられることにより、消費行動が活発になります。これが「元気消費」です。「やせたから新しい服を買おう」「化粧品も変えてみよう」「自分にごほうびで、おいしいものを食べよう」などというものです。

日本はシニアビジネスの先駆者になれる

シニア市場の攻略で忘れてはいけないのがインターネット技術の活用です。団塊シニアにはかなりの比率でスマートフォン、パソコン、タブレット端末などを活用する人がいます。ネットで商品情報を得て、価格比較をしたり、購入品を決めたりする時代になりつつあります。

これらの層が「スマートシニア」です。スマートとは「賢い」という意味で、賢いツールを使いながら賢い消費をする人たちです。10年後には、スマートシニアはますます増えていきます。

日本は高齢化率世界一の超高齢社会ですが、裏を返せば、他のどの国も挑戦したことのない、新しいビジネスモデルを真っ先に確立できるのが日本なのです。

私は、海外での講演で「日本は今、皆さんの国の未来を生きています」と話していますが、現在のシニア市場への挑戦は、日本にとってのビジネスチャンス

10年、20年後にはアフリカや中近東を除くほとんどの国が高齢化に直面します。このとき、日本企業はシニアビジネス分野のリーダーになり得るのです。

http://bb.hiroyukimurata.jp/seniorshift/

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