シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第119回
ゲノム解析でわかる病気はごく一部
近年、遺伝子解析技術が進んだせいか、人が病気になるリスク要因は遺伝子7割、生活習慣3割という認識が多いようだ。
多くの企業が遺伝子検査キットを販売し、検査の実施を煽っている。なかには5千円以下という低価格のものもある。こうした遺伝子検査の大衆化が「病気のリスク要因の大半は遺伝子で決まる」といった風潮を強めているように見える。
確かに遺伝子検査でのゲノム解析によるDNAの遺伝情報から、その人の一生変わることのない「病気のなりやすさ」を測ることができる。
しかし、実はゲノム解析でわかる先天的な病気はごく一部である。特定の疾患が起きるリスクが遺伝子7割、生活習慣3割だとしても、それが適用できる疾患は限られているのが現状だ。
免疫解析で病気のリスクがわかる
これに対して、免疫機能の最先端理論では、その人の「現在」の免疫の状態をモニタリングすることで、その人特有の病気リスクが解析できることがわかっている。
私達の体内には「免疫細胞」と呼ばれる4種類のリンパ球細胞があり、それぞれに役割がある。ウィルス感染時の反応は、まず緊急応答として「マクロファージ」、次いで「NK細胞」が働き、その次に「T細胞」、「B細胞」が働く。
例えば、がん(抗原)にぴったり一致したT細胞の「受容体(抗体)」が選択されることによって、がんをやっつけることができる。これが免疫の働きだ。
T細胞受容体は10の18乗(100万テラバイト)という膨大な数の「レパートリー」と呼ばれる複数の形を持っている。この多様性に富む仕組みのために、私たちの体はどんな異物や病原体へも対応できる。
驚くべきは、これらの膨大な数のレパートリーは私たちの体の中に記憶されることである。これが一度予防接種をするとその病気になりにくい理由だ。
カギはT細胞受容体レパートリーの解析技術
このT細胞受容体を解析することで、生まれてから後天的に感染した病気やがんなどの刻々と変化している身体の状態を計測できる。
この知見は一般にはあまり知られていないが、低コストでのモニタリング商品が実用化できれば、遺伝子検査以上に精度の高い健康管理商品として健康関連市場に大きなインパクトを与えると予想される。
東北大学加齢医学研究所の小笠原康悦教授のグループは、体の組織からT細胞受容体遺伝子を取り出してレパートリーを計測する手法を開発した。
従来この分野は10の18乗という膨大な数の解析が必要なため、技術的に参入が難しく、必ずしも精度も高くなかった。しかし、現在では情報処理技術が進み、大規模解析が可能となったため、こうした開発が可能となった。
健康状態に影響する要因として食事やライフスタイル、ストレスなどがあり、これらの状況によって皮膚、口腔、腸内細菌叢の状態が変化する。実は同時に免疫の状態、つまりT細胞受容体レパートリーの状態も刻々と変化する。今回の話は、ここに焦点を置いている。
T細胞受容体レパートリーから個人の過去の病歴を知り、疾患のデータベース化ができれば、個人の疾患に対する免疫ベースの健康状態をモニターできるようになる。
加えて、個人の病歴に合わせたテーラーメイド型の健康管理も可能となる。遺伝子と生活習慣に加えて、免疫としての病歴情報が健康管理の新たな主要因となることが大変興味深い。