ダイヤモンド・ホームセンター11月号特集 実践!シニアマーケティング
オムニチャネルはシニアシフト対策!元気なシニアとそれ以外の層で分けてビジネスを考える
ホームセンター(HC)にとって60歳以上のシニアは、人口のボリュームも大きく今後ますます重要な顧客層。そのシニアにうまくアプローチして結果を残すには、具体的にどうすればいいのだろうか? シニアビジネス分野の第一人者で『成功するシニアビジネスの教科書』などの著書がある村田アソシエイツ代表取締役でエイジング社会研究センター代表理事、東北大学特任教授も務める村田裕之氏にうかがった。(構成=寺尾淳)
ホームセンターはシニア向けに一番いいポジション
シニア市場は「多様なミクロ市場の集合体」です。この市場は、人数は多いけれど人により欲しいものも好みも違い、一つの商品がメガヒットになりにくい。その意味ではHC業態はさまざまな商品が豊富にあり、その中から自分に合う好きなものが選べるので、シニア市場の特徴に比較的合っている業態といえます。実際、すでに客層のかなりの部分はシニアの人で占められているでしょう。
生活者にとっての新しい需要は、年齢ではなく、何か変化が起きる時に発生します。男性の場合、たとえば、退職です。離職して仕事をやめると多くの人が趣味に時間をかけ始めますが、特に家庭菜園は人気があり、HCの関連する売場で種や土や肥料をたくさん買っているのは、シニアです。
別の大きな変化の例は家族構成が変わることです。子どもが成人したり独立したりすると「擬似家族」のペットに関心が向きますが、これもすでにHCにとってのビッグビジネスになっています。保険も介護もお葬式も、人間に必要なものはすべてペットにも必要になる。
ただし、フードなどペット用品売場はあっても、老犬ホームや犬の葬儀まで扱うところはまだ少数派。それこそペットについても「揺りかごから墓場まで」手がければ、HCにとっては大きなビジネスチャンスになるでしょう。
女性は子育てが一段落すると、趣味に時間を割くようになりますので刺繍などホビー系の売場や、手芸を教えるカルチャー教室によく行きます。男性も時間ができて日曜大工やリフォームをやったりしますからDIY売場に行きます。リフォームは、壁のペンキ塗りや屋根瓦のふき替えのような素人には難しいものがありますが、それでもやりたい「セミ玄人」を支援する部分にHCの出番があります。
シニアを狙うのにHCは一番いいポジションにいて、かなりアドバンテージがある業態と言えますが、市場はどんどん変わっていくので、常にさらなる発展のための工夫を考えねばなりません。
元気な自立期シニアの心をつかむには
政府はかつて75歳を境に、75歳未満の人を「前期高齢者」、75歳以上の人を「後期高齢者」と呼びひんしゅくを買いましたが、実際にシニアビジネスを展開する際は、年齢はあくまでも目安でも、対象者を自立して生活できる「自立期」と誰かの支援が必要な「要介護・支援期」に分けて考えた方がいいと思います。
現在は、多くの人が75歳頃までは元気です。まだまだ働けますし、ペットをかわいがり、趣味に打ち込み、旅行にも行きます。
自立期シニア対応で気をつけなければならないのは、テナントも含めた総合的な店づくりです。現状では大型のHCもシニアにとってはあまりゆっくり過ごせない場所になっています。
フードコートや飲食テナントはファストフードやファミリーレストラン中心で、子ども連れの若い夫婦にはそれでいいのですが、もう少し落ち着いた質感を求めるシニアには好まれず、店の外に行ってしまいます。
取り逃したくなければ、寿司でも和食でも座ってゆっくり食事ができる店、ゆったりした気分でコーヒーが飲める純喫茶、おしゃれなカフェテリアのような店が必要でしょう。そこまですれば、行くところのない暇なシニアは「ここは心地いいから」とやってきて、ついで買いの機会も生まれることでしょう。
そして、見て楽しく、買い物すればさらに楽しい「ワクワクする消費」ができる売場をどうやってつくるか。たとえば「IKEA」「タイガーコペンハーゲン」「フランフラン」などにはそういう側面があり、値段がそんなに高くない割には得な感じがするので、シニアも大勢来ています。「こんなに種類があるの!」と驚いて、宝探しのような感覚で買い物ができる売場もいいでしょう。これからは「ちょっとおしゃれなHC」にもチャレンジしてみてはどうでしょうか。
シニアに人気の山歩きやアウトドア用品、釣具店、旅行代理店など「趣味の店」との複合も好ましいですが、むしろ自転車やスポーツ用品の売場と「フィットネスクラブ」との複合化がいいでしょう。「元気消費」と言って、ジムで汗を流した後は健康意識と消費意欲が高まり、たとえば健康食品のサプリメントなどを買いやすくなる可能性があります。
要介護・支援期シニアは「訪問」で対応
平均的に言えば75歳を過ぎると身体の曲がり角で、認知症の出現率も、医療機関への受療率も急に上がるというデータがあります。このため、要介護認定率を見ると70代後半と80代後半では全然違います。運転免許証の更新も75歳を過ぎると認知機能検査が行われて不合格なら返納ですが、自主的な返納が増えるのは80歳以上だそうです。
都市部以外ではクルマに乗れないと買い物も病院に行くのも不便で、タクシーは高いし自転車は危ない。子どもと同居なら買い物ぐらいは行ってくれますが、子どもも現役世代なので忙しく、そんなに頻繁には頼めません。
そのように要介護・支援期のシニアは外出しにくくなり、店にもなかなか行けません。それなら店のほうからお宅に訪問すればいい。今後重要なのは「ネット対応」です。これからのシニアは“スマートシニア”と私が15年前から提唱してきたようにインターネットを使いますから、今の70代と10年後の70代では全然違うでしょう。
今の60代も「団塊の世代」以下とその上の世代にはネットリテラシーに断層がありますが、2025年になると団塊の世代が75歳を超えて要介護・支援の人も少しずつ増えていきます。しかし、仮に膝を悪くして外出できなくなっても認知症でなければネットは使えますから、寝そべりながらタブレット端末でネットのモールに注文するような人が増えてきます。
私の試算では、25年に83歳の女性の半分弱は要介護、要支援になりますが、半分弱はネットを使う人になるとみています。その意味では、「オムニチャネル戦略」とは、私に言わせれば「シニアシフト戦略」です。今すぐにではなくても、10年スパンで準備をしたほうがいいでしょう。
HCは基本的に「お客さんに店に来てもらい、買ってもらう」業態で、当分はまだそれでいいのですが、今後、店に来られなくなる人が増えれば、「来られない人のところに行ってケアする」業態が必要でしょう。
すでに食品分野では外に出られないシニア向けに宅配に向かっていて、セブン-イレブンもワタミも宅配事業を展開し、食品に限らず日用品など生活物資全般にも宅配が拡大しています。それでも小売業全体でみれば、まだ始まったばかりです。
商品を届けるだけでなく簡単なリフォームもして、シニアの話し相手もしてあげる。私はかつて「DIYの次はDIY代行業」と言ったことがあります。重いものが持てなくなるなどDIYがつらくなったシニアのために代行するビジネスで、街の電器店の一部に照明の取り替えや水回りの改善も行うところがあります。HCはもともとそのための商材もたくさん持っていて、実にいいポジションにあります。
訪問サービスのための人手が足りない問題も、人件費が比較的安くすむリタイアしたばかりの「自立期のシニア」の力を借りる手があります。60代後半から70代前半ぐらいの人はまだまだ元気に働けます。身体を動かし好きな仕事で働く喜びを味わい、年金の足しになり、旅行や趣味の費用や孫へのプレゼントに使える程度のお小遣いが稼げればいいので、フルタイムで無理しなくても週3日程度働ければいいでしょう。
今でもホームセンターに行けばその年齢の人がパートなどで働いていますので、要介護・支援期シニアのお宅への訪問サービスに活用できそうです。訪問される方も年齢が近い人のほうが話し相手になりやすくていいはず。
もちろん経営判断として、そうした要介護・支援期のシニア対応をせずに、もっぱら店に来てくれる人だけ相手にするという選択もあります。ただ、商品提供場所が、店舗から家に向かっていくのは世の中の流れです。
シニアは人数が多く、所得は少なくても住宅などの不動産や貯金などの金融資産は若年層よりはるかに多く、介護リフォームのような需要が発生すれば消費機会が生まれます。HCが居宅介護事業所を設立し、ケアマネの人を雇ってトータルに提案できれば、今までは取り逃がしていたビジネスチャンスもとらえられるでしょう。