脳の萎縮度のAI分析により認知症予防へつなげる

新聞・雑誌
ブレインスイートによる脳の健康度評価

シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第179回

認知機能の衰えは「海馬」に早く現れる

本連載第174回で触れた通り、現段階では「医学的に認知症を予防できる」とは断言できない。

一方、認知症の原因疾患の50%以上を占めるアルツハイマー病の進行過程では、記憶力や判断力などの認知機能低下の前段階に、脳の「萎縮(いしゅく)」が起きることがわかっている。これは脳の神経細胞・神経線維の脱落による形態・構造変化だ。

特に脳の一部位の「海馬(かいば)」は、最も早く萎縮が現れるとされている。海馬は短期記憶から長期記憶へと情報をつなげる記憶を司る重要な器官だ。

脳の萎縮や認知機能の低下をもたらす様々な要因がこれまでの疫学研究から判明している。例えば、喫煙、飲酒、運動不足、肥満や食生活の乱れなどの生活習慣の悪化やストレスなどが脳萎縮の要因であることが明らかになっている。

したがって、海馬を中心とした脳の萎縮がどの程度起きているのかを計測できれば、現状の脳の健康度を評価でき、将来の認知症発症リスクを推定、リスクを下げるための生活習慣の改善策を示すことが可能となる。

MRI画像からAIを活用し認知症発症リスクを予測する

この考えに基づき、2019年に設立した東北大学発のスタートアップ、コグスマート(東京・千代田)が、頭部の磁気共鳴画像装置(MRI)画像を人工知能(AI)で解析し、海馬部分の状態を分析するソフト「BrainSuite」(ブレーンスイート)を開発し、21年から医療機関向けに提供している。

ブレーンスイートの画像分析は、通常使われるソフトで10時間弱かかる海馬の解析を2分以内にできるのが特長だ。

生涯健康脳を提唱する東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授らが開発したAIの解析技術「Hippodeep」を使い、海馬の体積や萎縮の状態を測定する。

小指程度の大きさしかない海馬は、少しずつ小さくなったとしても、医師の目視による確認では限界があり、工学技術による補助が必要になる。

ブレーンスイートでは、東北大学の脳医学研究を支えるAI技術を応用し、最先端の脳医学研究で用いられる水準で、MRI画像から海馬体積を測定することが可能となった。

しかしながら、海馬体積の計測だけでは、脳医学的にどのような意味をもつのかは評価できない。

ブレーンスイートでは、8年間の脳の変化を追った脳画像データベースなどをもとに、東北大学による脳医学研究の成果を用いて対象者の海馬の科学的な評価を行う。生活習慣などの分析結果から10年後の海馬の体積などを予測することも可能だ。

認知症「予防」に必要なことは「認知機能を低下させない」仕組み

さらにオンラインでの問診、短期記憶や注意力などの認知機能テストの結果と合わせて、脳の状態を総合的に分析し、認知症予防に向けた運動や食事など生活習慣を改善するアドバイスも提供する。

効果的な認知症予防には、健常のうちから自分自身の脳の健康状態(将来の認知症リスク)を把握し、医学的に妥当な予防行動の維持・改善を重ねる仕組みが必要だ。

コグスマートは21年4月、フィリップス・ジャパン(東京・港)と事業提携した。フィリップスのMRI販売網を生かし、現在は都内を中心に約20の医療機関が導入している。

日本国内には約7,500台のMRIがあるとされているが、稼働していない場合も多い。ブレーンスイートによって、中高年向けの印象が強い脳ドックの利用者を、30~40代など脳の萎縮が進み始める年齢層にも広げることができれば、潜在的な認知症予備軍を減らすことができるだろう。

スマート・エイジング講演
加齢(エイジング)とは人間の発達プロセスです。私たちは、加齢とともに何かを得て、成長し続けられる。その結果、社会はより賢明かつ持続的な構造に進化できる。それがス...
タイトルとURLをコピーしました