シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第116回
大企業経営者は「ニッチ市場」を軽んじる
大企業が団塊・シニアビジネスを新規事業として取り組む際の「壁」は、中小企業の場合と異なる。最大の壁は、経営者にマス・マーケット志向の強い人が多いことだ。
こういう経営者の問題は、顧客を「大きな塊」で扱いたがることだ。このため、体力勝負志向で取り組み方が荒っぽくなる傾向がある。
もう一つの問題は、こうした経営者は、「ニッチ市場を軽んじる」傾向があることだ。ニッチ市場、つまり「すきま」市場なんて、小さすぎて、コストと手間がかかり、しょせん大きなビジネスにはなりっこない。自分の会社のような取引規模だと、そんなところにエネルギーを割いても社内で相手にされない、と思っている。
ところが、現実に団塊・シニア市場で業績を伸ばしている企業は、多くの大企業が避けている、そうした「ニッチ市場」から参入して成長している。
大きくなった企業もニッチ市場から事業を始めている
たとえば、中高年女性専用フィットネス「カーブス」の創業者ゲイリー・ヘブン氏は、参入当初、「中高年女性相手のフィットネスなんて、そんな特殊なマーケットはやめたほうがいいよ。おばさんたちは、わがままで、うるさくて、価格感覚も厳しくて、絶対うまくいかないよ」と多くの人に言われたという。
しかし、いまでは、日本を含む全世界50国で10000店舗以上開設し、400万人以上の中高年女性が利用する世界最大のフィットネス・チェーンとなった。
また、シニア女性向け雑誌の「いきいき(現・ハルメク)」は、創業当時「暮らしの手帖」や「クロワッサン」といった、それなりの歴史のある雑誌が先行しているなかで、ありそうでなかった50歳以上の女性向けの生き方応援雑誌としてスタートした。創刊号はわずか174部しか売れなかったが、「自分が読みたい雑誌がない」という人を中心に、次第に部数を伸ばし、この分野でトップの発行部数になった。
さらに、保険会社のアリコ(現・メットライフ生命)は、先発の保険商品が居並ぶなか、当時ありそうでなかった50歳以上でも加入できる「はいれます」という保険商品を世に出し、この分野のリーディングカンパニーとなった。
一方、シニアビジネスの例ではないが、パーク24(株)も似たような例だ。利用価値の低い都心の狭い「すきま」の土地を所有者から賃貸を受け、駐車場を設置し、ドライバーに提供するビジネスで、日本最大の駐車場ネットワーク企業となった。
また、コンビニエンスストアで電気代などの支払いができる「収納代行」も似た事例だ。収納代行は扱い金額が小さく、手間がかかりすぎるとして、金融機関が「カス業務」と呼んでいたものだ。最初にセブン‐イレブンが手がけたときには、「ババを引いた」と言われた。しかし、いまや年間の取扱高は、コンビニ業界全体で何と約9兆円に達している。
運が良いだけでは新規事業はうまくいかない
これらの事例に共通な点は、市場に「ありそうでなかったもの」を商品化し、競合他社があまりいないニッチ市場から参入して、大きくなっていったことだ。
この話をすると、「そうした企業は、うまくやりましたねえ」という人が結構いる。こういう発言をする人は、その発言の裏に「でも、もう、これからはこんなうまい話はないね、御社は運が良かったね」という気持ちがにじんでいる。要するに新規事業がうまくいったのは運がよかったからだ、というのだ。
残念ながら、こうした気持ちで取り組んでいる人には、新規事業を成功させるのはなかなか難しいと思う。なぜなら、新規事業とは、多くの先発競合他社が居並ぶなかで、いかに事業の「差異化」を生み出し続けるか、という戦いの連続だからだ。
そして、こうした差異化を考え続けていくと、結局、ニッチ市場に行き着くのだ。