2013年4月10日 シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第73回
アジア市場というマス・マーケットはない
シニアシフトは、これから高齢化していく日本以外の国でも進行していく。近年特にアジア各国でも高齢化対策への関心が高まっている。
その一方でアジアと一口で言っても広範で多様であり、内実は複雑である。アジア市場というマス・マーケットはないとみるべきだ。だから、実際にアジア市場に進出する場合、国ごと、地域ごとにきめ細かな事業戦略が必要となる。
たとえば、高齢化率は日本が24.1%なのに対し、香港や韓国、シンガポールがいずれも10~11%でいずれも日本の半分程度。ところが、これらの国と地域は次の20年で急速に高齢化する見通しだ。その理由は日本よりも低い出生率が続くと予想されているからだ。
一方、中国の高齢化率は7%程度だが、実人数で言えば圧倒的に多い。60歳以上の人口は1億6,000万人くらい、65歳以上でも1億1,000万人はいる。しかし、この人たちがすべて顧客になるかというとそうではない。9割程度は低所得でお金がない層といってもいい。
退職年齢も国によってさまざまだ。日本では65歳で定年なのに対し、シンガポールでは62歳で、これを近く65歳に引き上げる見通しである。韓国は企業によって定年は55~63歳と幅を持たせており、平均は58歳とされている。
このように、アジアと一口にいっても状況はさまざまである。だから、企業が進出する際には、高齢化率やシニア人口の絶対数、所得水準や所得格差、退職年齢、人口分布などさまざまな要素を考慮し、どのような商品やサービスを、どのタイミングで、どの地域に投入すべきかを周到に考える必要がある。
以前、福祉車両をアジアに投入しようと検討している自動車メーカーの人と話をした際、その人は進出先として「やっぱり中国かな」と言っていた。その理由は「人口が多いから」だと言う。中国は人数が多いので進出しやすいと考える企業が多い。
ところが、福祉車両は普通の自動車よりも単価が高い。それをそのまま輸出しても、実際に買おうという人はごく一部の富裕層に限られる。高齢者の数が多いことと市場が大きいこととは必ずしも一致しない。
このように「人数が多いからなんとかなる」と安易に考えても、事業がうまくいく保証はない。進出を検討するに当たっては、自分の会社の商品がどのあたりの層を狙い、ターゲットにするのかを明確にする必要がある。どんな分野でもそうだが、闇雲に海外市場に飛び出すだけでは、当てが外れる可能性は高い。
アジアに進出する日本企業側は発想転換が必要
香港やシンガポールは、アジアの中では比較的所得水準も高い方だが、介護サービスのレベルは低い。そもそもまだ若い国だということもあるが、意外に貧富の差が大きく、富裕層はヘルパーの代わりにメイドを雇う人が多い。ところが、メイドは家事の手伝いはできても介護の経験はない。これが事故につながりやすいので、プロフェッショナルなサービスが必要だと思っている人も多い。
こうした国々は日本企業をベンチマークしていて、日本企業と組むことで、日本で確立されている介護サービスのスタンダードをそのまま自分たちの国に導入したいと考えている。実際、いくつかの日本企業がこれらの国の企業や政府と水面下で話し合いを進めており、関連企業の動きもこれから活発になっていくだろう。
一方で、介護ビジネスは結局のところ人材育成のビジネスで、時間がかかる。日本で介護ビジネスを展開してきた企業がアジア進出を考えるときに、最も危惧しているのはこの点である。
介護の世界では介護技術だけでなく、スタッフが介護の理念・哲学を理解することが大事になる。アジア市場に進出する際は、こうした部分の教育を現地のスタッフにきちんと行うことが重要だ。
ビジネスの仕組みも日本とは異なる。日本には介護保険制度があり、1割は自己負担、9割は保険収入報酬で賄われる。日本ではこれを基盤としてビジネスを組み立てられるが、韓国で一部ある以外、アジアの他の国ではほとんどこうした仕組みがない。この点も忘れてはいけない。