2012年3月28日 日経MJ(日経流通新聞)
さる3月15日に開催された日経MJフォーラム2012「拡大するマーケット シニア層の消費考―効果的アプローチと将来像を探る―」の私の基調講演録が日経MJに掲載されました。日本経済新聞社のご厚意により、その全文を以下に掲載しましたので、ご一読いただき、感想をお聞かせいただければ幸いです。
なお、パネルディスカッションの詳細は、日経MJ3月28日号をご覧ください。また、このフォーラムでは事務局を務められた日本経済新聞社および日本経済社の皆様に大変お世話になりました。この場を借りて厚くお礼申し上げます。
基調講演:60代シニアの今~その購買力・行動力をどう生かすか
シニア市場とは多様なミクロ市場の集合体
多くの製品、サービスの分野で「シニア市場」をターゲットにビジネス拡大に取り組む例が見られるが、苦戦事例が多く見られる。確かに少子高齢化が言われる中で、60代以上の占める割合は増加している。それなのになぜビジネス拡大に失敗するのか。それはシニア市場を本当の意味で理解していないことに原因がある。
まずシニア消費の動向とシニア市場をどう見るか。次に都市部に住むシニアの消費をどのようにすくい取るか。最後に全体としてシニア市場でどのようにビジネス展開すべきなのか。この3点について解説する。
多くの企業が「間違いだらけのシニア消費の見方」をしていた
最初のシニア市場をどう見るかという点については、これまで多くの企業が「間違いだらけのシニア消費の見方」をしていたと言わざるを得ない。よく「最近のシニア層は昔に比べ元気。金も時間もある。人数も多い」といわれ、シニアを対象にしたビジネスチャンスは多いように見える。
確かに資産は50代に比べれば60-70代は多く所有している。しかし所得では現役の50代に比べ60-70代は減ってくる。つまり、シニアは資産は多いが所得が少ない。これが理由で消費の仕方が異なってくる。
年齢が高くなると支出が減るのは教育費、被服費、食費、教養娯楽費。逆に増えるのは医療費。一方、変わらないものは住居費や光熱費などである。シニアが消費するきっかけは状態の変化だ。例えば、退職というライフステージの変化は、高額商品を購入するきっかけになる。また、加齢による身体の変化が、これまでと異なる消費を誘発する。
シニア消費は年齢で決まるのではなく、シニア特有の変化で決まる
つまり、消費は年齢で決まるのではなく、シニア特有の変化で決まる。消費に対して賢いスマートシニアの増大で「買手市場」になり、さらに女性の方が長生きであることから、「女性主導市場」になっていく。こうした消費の裏側にある変化を理解することが重要であり、シニア市場はマスマーケットではなく、多様なミクロ市場の集合体であることを認識しなければならない。
都市型シニアの食に対するニーズは「不の解消」
フロー消費を確実にすくいあげるためには何が必要になるか。都市型シニアの食に対するニーズが何かを端的に表現すると「不の解消」だ。不とは「不安」「不満」「不便」の3つを指す。
高齢期の不安のトップは、寝たきりになったり、認知症や要介護状態になったりするなどの健康に対する不安だ。都市部では、毎日買い物に行くのに店舗が少なく不便だったり、米など重い物を運ぶのに不便を感じたりしている場合も多い。また一人暮らしや夫婦2人の場合、総菜などの量が多いのが不満という場合もある。
シニア層は価格がやや高くても鮮度を重視し、少量でも買えること、居宅の近くに店舗があることなどが消費の優先度となる。さらに重い物を運んでくれる、買い物に付き添ってくれるサービスなども付加価値になる。健康志向でも、料理が不得手な男性シニア向けには、冷凍食品のように調理が簡単な食材の需要は大きい。こうした需要を見ても、シニア層それぞれに固有のニーズがあるわけだ。
シニアの消費を促すにはストック消費を促す商品やサービスの提案が必要
シニアの消費を促すには、フロー消費だけでなく、ストック消費を促す商品やサービスの提案が必要だ。米ジョージ・ワシントン大学のコーエンは、後半生の心理的発達の4つの段階の中で、50代半ばから70代前半は「解放段階」にあるとしている。
退職後にサラリーマンがダイバーに転身したり、レジ打ちパートの主婦がダンス講師を始めたりする例もその解放段階にあるため。つまり「何か今までと違うこと」を始めたいという欲求が起きやすいわけだ。60代のシニアならば退職や住宅ローンの完済、子供の独立などの節目がくる。その時に湧きおこる自己解放を促すエネルギー=インナープッシュが消費のきっかけをつくる。
「3つのE」をコアに資産を崩しても買いたくなる商品・サービス提案がもっと必要
そのきっかけをつくるためにモノやサービスが備えるべきは、Exited(ワクワクする)、Engaged(関与する、当事者になる)、Encouraged(元気になる)の「3つのE」だ。
例えば憧れの都市に1カ月住むように暮らして英語を学ぶという旅行商品は、「何かを始めたい」「リセットしたい」といったシニアの欲求にヒットし、高額にも関わらずすぐに完売した。また、ある旅行会社の事例では、顧客が旅の雑誌を配布する役目を担い、顧客は収入を得るとともに配布する仕事で仲間が増えて、その仲間と旅に出たりする。
女性専用のフィットネスクラブでは、健康になり新たにできた友達と旅行に行く機会が増える。また身体もスリムになって洋服を買いたくなる。これらはすべて「3つのE」が消費を生み出すけん引力になっている事例だ。
まとめると、シニア市場を開拓するに、一つはシニアが抱える様々な「不」を解消するための緻密な取り組みが不可欠である。もう一つは、「3つのE」をコアにして資産を崩しても買いたくなるような商品・サービス提案がもっと必要だ。こうした努力は手間がかかるように見えるが、シニア市場で成功している企業は皆こうやってきちんと利益を上げている。