大学構内に老人ホーム 米で盛況 知的刺激を満喫

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2004年5月19日  日本経済新聞 夕刊

注目を浴びる「カレッジリンク(大学連携)型」老人ホームとは

米国の老人ホームは、一般に日本より規模が大きく、施設や運営スタイルも先進的である。その米国で、従来の老人ホームのイメージを大きく変える動きが起きている。それは「カレッジリンク型」と呼ばれる大学と結びついた老人ホームだ。

その一つが、マサチューセッツ州ニュートン市にある「ラッセル・ビレッジ」併設する大学、ラッセル・カレッジの敷地内にある。

「大学キャンパスにビレッジがあるという発想はとても魅力的。若い人たちが周りにいることが大切。ほとんどの老人ホームは若い世代から隔離されている」  

と言うのは入居者のグロリア・トーマスさん(67歳)。入居者は、年450時間以上のクラス参加が義務づけられている。この時間数は、ラッセル・カレッジの生徒とほぼ同じ。つまり、六五歳から九五歳までの入居者は、大学生並みに勉強する必要がある。

にもかかわらず、2000年5月の開設と同時に定員210人が満員となり、140人以上が、今も入居待ちという盛況ぶりだ。

入居者は、ビレッジ独自のクラスに加えて、大学で学生との共同クラスにも参加できる。一方、学生に対する相談役になることも多い。若い世代から刺激を受けながら、自分の人生経験が役立つのが嬉しい

国立大学初のカレッジリンク型「オーク・ハンモック」

一方、フロリダ州ゲインスビルの「オーク・ハンモック」は、隣接する州立のフロリダ大学と包括的な提携関係をもつ

米国の州立大学は、日本の国立大学にあたる。いわば国立大学初のカレッジリンク型である。魅力は、600エーカー(約243万平方メートル)という巨大キャンパスに存在する、ありとあらゆる施設とサービスだ。

「ここのクラスは本当に幅が広く、刺激的です。文学、歴史、コンピューター、哲学、法律学、毎日の生活など何でもある。講師は大学の現役教授や退官教授のほか、我々入居者も講師役になるのです」

こう強調するのは、デイビッド・ランドル氏(65歳)。入居者自身が自分の専門性や経験を活かせ、学生からも感謝される。

カレッジリンク型が増えている理由は何か

なぜ、いま、カレッジリンク型が増えているのか。需要側の理由は、平均寿命が伸び、人々の生活水準も上がったことで高齢になっても知的刺激や社会的つながりを求め、積極的なライフスタイルを選ぶ人が増えたことだ。

一方、供給側の理由は、老人ホーム市場が過当競争に入り、商品の差別化が必要なためだ。老人ホーム運営者が、ますます高まる入居者のニーズに応える方法が、カレッジリンク型なのである。

注目すべきは、これらカレッジリンク型の入居者が実年齢よりも10歳から15歳程度若々しく見え、驚くほどいきいきとしていることだ。

たとえば、ラッセル・ビレッジ入居者の平均年齢は84歳だが、要介護状態の人は一人もいない。知的刺激が多く、地域社会に開かれた生活環境が、寝たきり老人を作らないという何よりの証拠である。

カレッジリンク型を日本で実現するには何が必要か

第一に、ハコモノに代表される「ハード」ではない「ソフト」重視の姿勢。大学のそばに老人ホームというハコを作ればカレッジリンク型になるわけではない。

学生との共同クラスや学生の相談役など、学生と入居者との双方にメリットのあるプログラムの企画と運営が重要だ。そのためには、ホーム運営者と大学という文化の異なる組織同士の相互理解が不可欠だ。

第二に、世代間のコミュニケーションに長けた調整役。米国の大学には社会福祉分野に世代間教育に造詣の深い優れた教官が多い。異なる価値観をもつ、それぞれの世代の意見に耳を傾け、双方の懸橋となれる人材が不可欠だ。

第三に、入居者のホーム運営への積極的関与。日本の有料老人ホームでは、入居者がサービスの一方的な享受者となっている場合が多い。

これに対し、カレッジリンク型では、入居者がクラスの企画や運営に積極的に関与する姿勢が強い。入居者には「客」としてではなく、生活共同体つくりの「担い手」としての意識が求められる。

カレッジリンク型は少子化・高齢化・大学経営の合理化という時代の流れに合致

日本の大学は、少子化で年々生徒が減少し、質の高い学生の獲得競争が激しくなっている。一方、独立行政法人化の動きで、市場原理を導入した合理的な経営が求められている。大学も差別化が必要な時代だ。

カレッジリンク型は、このような少子化・高齢化・大学経営の合理化という時代の流れに合致しており、多くの関係者に有形無形の利益を生み出すものとなる。

かつて老人ホームは、アメリカでは「陸の孤島」、日本では「姥捨て山」と揶揄された。カレッジリンク型は、「姥捨て山」を「智恵の泉」に変え、「老人ホーム」という名称すら、似つかわしくないものに変えていくだろう。

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