シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第110回
個人のニーズに合わせたきめ細かなパーソナライズが必要
多様性の強いシニア顧客に対応するためには、個人のニーズに合わせたきめ細かなパーソナライズが必要となる。それを上手く行っている例が、東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授と公文教育研究会と高齢者施設とが協力して作り上げた「学習療法」だ。
これは認知症の改善・予防のためのプログラムで、薬を使わず、紙の教材を用いた「音読、手書き、計算」とコミュニケーションを中心としたものだ。プログラムを実施している認知症の方は約1万5千人、今は健康であっても、認知症を予防したいという人が約5千人、合わせて2万人ほどが学習療法を実施している。
学習療法が認知症の人に対して改善効果が大きい理由の一つは、どんなレベルの認知症の人にでも、1回12分程度の学習の中で、「必ず100点満点を取ってもらう」ことにある。ただし、学習者に100点満点を取ってもらうためには、その人の認知能力レベルに合わせた適切な教材選びが不可欠だ。この教材選びがパーソナライズだ。
認知症を患っていると言っても、認知機能のレベルは、その人によって異なる。このため、学習療法に取り組む前に、その人の認知機能レベルを定量的に評価するMMSE(Mini-Mental State Examination)、FAB(Frontal Assessment Battery at bedside、前頭葉機能検査)という2種類の検査を行う。これらの検査結果をもとに最適なレベルの教材を決定する。
その人の能力ギリギリでのトレーニングが認知症改善につながる
こう言うと、「それなら一番簡単な教材を使えば、誰でも必ず100点満点を取れるのでは?」と思うかもしれない。しかし、それだと改善効果はほとんど期待できない。学習療法は、実は作動記憶トレーニングと呼ばれる脳の記憶能力向上のための訓練なのだ。
これを行う際に重要なのは、その人の現時点の作動記憶能力の限界ギリギリのレベルでの負荷でトレーニングを行うことだ。作動記憶能力は、そうすることで向上する性質がある。前述の教材選びのパーソナライズとは、実はその人の作動記憶能力ギリギリのレベルの教材を選ぶことに他ならない。
このパーソナライズにはある程度手間がかかる。しかし、学習者の症状が改善すると、サポーター役の施設スタッフは学習者本人から感謝されるだけでなく、家族からも感謝される。それがスタッフの喜びとなり、やる気が出て、元気になる。
スタッフが元気になると、学習者もさらに元気になる。そして、やる気の強まったスタッフどうしが学びあうことで、スタッフのレベルとやる気がさらに向上し、施設全体の雰囲気がさらによくなる。
このように学習者、つまり顧客のために最適な方法・環境を創ろうとパーソナライズする努力が、家族とスタッフとの関係性と施設経営が改善される好循環に結びつくので、経営者とスタッフはパーソナライズの手間を厭わずに取り組める。
ソフトウェアで個客パーソナライズした任天堂DS
この学習療法と同様の原理を応用したパーソナライズ商品が、任天堂の「脳を鍛える大人のDSトレーニング」である。これは続編を含め、世界で3千300万本以上も売れた(2009年3月現在)という大ヒット商品だ。
この商品は、「そもそもゲームとは子供がやるもの」という従来の常識を覆し、大人でも楽しめる商品にしたことだ。「脳を鍛えたい」という願望を持っている人は、子供より大人、とりわけ中高年に多かったのだ。
DSトレーニングの主な内容は、「音読、手書き、簡単な計算」であり、学習療法と基本は一緒だ。学習療法では、サポーターによる事前の認知機能検査と教材の使用結果をもとにパーソナライズをしていた。
これに対してDSでは、学習者のトレーニングの結果をもとに、次のトレーニングレベルを決定するやり方で学習者向けにパーソナライズしている。
また、トレーニングの途中でアニメ化した川島教授のキャラクターが、それまでの学習結果に基づいて、ほめたり、アドバイスしてくれたりする。実はこのキャラクターが学習療法におけるサポーターの役目を擬似的に果たしている。
このように、顧客に対してパーソナライズする場合は、ソフトウェアを巧みに活用することで、人手をかけずに実現できる。今後はAI等の発達により、こうしたきめ細かいパーソナライズがさらにローコストで実現できるようになるだろう。