シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第133回
辛みは味覚ではなく、温覚
読者の皆さんは食べ物や飲み物が「美味しい」と感じる時、それを身体の「どこ」で感じているのかをご存じだろうか?「美味しさ」というのは「味(あじ)」と言ってよいので「味」をどこで感じているかという質問だ。
ほとんどの方は「それは舌に決まっている」と答えるだろう。少し詳しい人は「舌には味覚を感じる部位があり、そこで甘い、辛いなどを感じている。」と答えるだろう。しかし、こうした答えはいずれも正しくない。
食心理学のパイオニアで、東北大学SAC東京の講師も務める坂井信之教授によれば『味というのは「味覚」や「嗅覚(きゅうかく)」、「体性感覚」、「記憶」などを脳で統合して感じるもの』という。つまり、「味」は舌だけで感じるものではない。
例えば、風邪をひいて鼻が詰まると食べ物の味がわからなくなるのは、味を感じる際の嗅覚の影響が大きいことが理由だ。
また、体性感覚には触覚、圧覚、温覚、冷覚、痛覚などがある。先の回答に「舌が辛みを感じている」とあったが、辛みは味覚ではなく、舌に感じる熱なので温覚なのだ。
人が感じる味は「見た目」に大きく影響を受ける
ワインの専門家養成で有名なフランスのボルドー大学大学院でソムリエを被験者にした実験が行われた。まず白ワインを飲み、味を評価してもらい、次に同じ白ワインに赤い色素を入れたものを飲み、味を評価してもらった。すると、後者の評価が白ワインとして飲んだ時とは全く違うものになったのだ。
なぜ、プロのワイン専門家がこのような間違いをしたのだろうか。彼らはワインについての膨大な知識があるため、赤い色のワインを見ると、その中から一番「味」が近い「赤ワイン」の知識から類推しようとして間違えたのだ。
この実験から言えるのは、人が感じる味は食べ物や飲み物の「見た目」に大きく影響を受けるということだ。
こうした知見を知っていると、高齢者向けのビジネスに有用である。例えば、焦がし醤油や焼いたベーコンの香ばしい香り、酢などを添加すると減塩食でも塩味をはっきり感じて美味しく食べられる。その際おしゃれな器で「見た目」の美しい盛り付けをすれば「上品な味がする」などと感じられるようになる。
幼い頃の記憶で「美味しい」と感じる
「コカ・コーラ」と「ペプシ・コーラ」の美味しさを比較する海外での実験がある。年配の人に両者をブランドがわからないようにして飲んでもらうと「ペプシ・コーラ」の方が美味しいという意見が優勢だった。
ところが、ブランドを明かして飲んでもらうと「コカ・コーラ」の方が美味しいという意見が増え、両社は五分五分になった。
この理由は「コカ・コーラ」には「小さい頃から飲んでいる」「赤と白の色使いがサンタクロースと同じ」というイメージが連想されるからだ。つまり、「コカ・コーラ」には幼い頃の記憶を呼び起こすイメージがあるのだ。
「コカ・コーラ」は発売当時から現在までパッケージの色を赤と白に一貫して変えていない。これに対して「ペプシ・コーラ」はパッケージの色もデザインも何度もコロコロ変えている。このブランドマーケティングの差が消費者の「味」の感じ方に大きく影響を及ぼしている。
記憶を活用したマーケティングの有効性
実はこうした記憶を活用したマーケティングは、菓子業界ではよく見かける。「子供の頃よく食べて慣れ親しんだ菓子をまた食べてみたい」ロングセラーの菓子には、こうした幼い頃の思い出を呼び起こす要素が存在する。
このように私たちが何かを「美味しい」と感じる時、自分では気づかないうちに記憶が私たちに「美味しい」と感じさせていることがあるのだ。
以上でお分りのように『味というのは「味覚」や「嗅覚」、「体性感覚」、「記憶」などを脳で統合して感じるもの』である。だから、「美味しい」ものはなく、「美味しく感じる」ものがあるだけなのだ。