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村田裕之の学べるブログ

なぜ、私はこの仕事に取り組むのか?
 
村田裕之
 
年配層のなかには、「シニアビジネス」という言葉に自分たちが汗水たらして貯めてきた財産を騙し取ろうとする悪どい商売をイメージする人も少なくありません。擬似通貨「円天」のような年配層の不安をつく詐欺商法が後を絶たないからです。

しかし、私が「シニアビジネス」という言葉を使う理由は、別にあります。それは、高齢社会の諸問題の解決は、補助金などの国費投入でなく、健全な収益事業つまり「ビジネス」で行なうべき、と考えているからです。なぜなら、日本のような経済成熟国・高齢国は、国費投入型の社会保障政策では、もはや財政的にやっていけないからです。

日本以外の経済成熟国を眺めると、福祉と呼ばれる分野に市場原理がどんどん浸透しています。どの国も国費投入型の社会保障政策が行き詰まっているからです。国費のもとは、国民の血税と国債つまり借金です。借金の先送りは、結局、子孫に膨大なツケを残すだけです。

しかし、次の世代に残すべきなのは膨大な借金ではないはずです。残すべきなのは、いまの世代が出しうる限りの「知恵」のはずです。低成長段階の経済成熟国が、本格的な高齢社会に突入したいま、「国費投入型の福祉」を「健全な収益事業」に極力置き換えていくことが求められるのです。そのためには、「健全な収益事業」としての質と量全体のレベルアップが必要です。そのレベルアップのための「知恵」こそ、私たちが次の世代に残すべきものです。

二一世紀の日本は、何をもって世界から尊敬される存在になれるのでしょうか。世界が注目する世界最速の高齢国家・日本。その日本が世界に先駆けて高齢社会に相応しい商品・サービス・制度を次々と生み出していく。それらが素晴らしいものであることで、同じように高齢化の諸問題に直面する多くの国から一目置かれるようになる。ITビジネスの分野では無理でも、シニアビジネスの分野ではそういう存在になれる可能性が十分にあるのです。

しかし、私たちがシニアビジネスへの取り組みで目指すべきことは、単に商品やサービスが素晴らしいことだけで、世界から一目置かれることにとどまってはいけません。バブル経済期の一九八〇年代後半から九〇年頃、日本の経済力は史上最高に達し、世界中から注目されました。当時それまで勤めていた会社を退職し、フランスに自費留学していた私は、留学先の学校で日本経済について数多くの質問を受けました。ところが、そのとき注目されたのは、洪水のように輸出した「メイド・イン・ジャパン」の製品であり、残念ながらそれを生み出した日本人ではありませんでした。

このことを考えるとき、私は、かつて内村鑑三が語った次の言葉を思い出します。

「金を儲けることは、己のために儲けるのではない、
神の正しい道によって、天地宇宙の正当なる法則にしたがって、
富を国家のために使うのであるという実業の精神が
われわれのなかに起こらんことを私は願う」

(後世への最大遺物・デンマルク国の話 内村鑑三 岩波文庫より)

最近流行の「企業の社会的責任」という言葉を使うまでもなく、いまから一〇〇年以上前に内村が語ったこの言葉に「実業の精神」つまり「ビジネスの精神」の意味が込められていると思います。「シニアビジネス」とは、金持ち、時間持ちの年配層をターゲットに儲ける事業をやるという意味であっては決してないのです。

いつか、日本のシニアビジネスが世界の注目を浴びる日が来るとき、単にその商品・サービスの素晴らしさだけが、注目されるのであってはならない。それらを生み出し、経営する日本人の「精神」こそが、真に注目され、尊敬されるべきなのです。それが、内村鑑三が言わんとした言葉の意味です。そのための「礎」を残すことが、いまを生きる私たち大人の責任であり、後世への最大遺物になるのです。
 

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