2007年1月1日号 電通報
二〇〇七年問題の誤解
「二〇〇七年問題」という言葉が、依然マスコミなどでよく聞かれる。二〇〇七年に団塊世代の最年長者が六十歳になり、一斉に定年で離職するといわれている。ところが、実態は違う。団塊世代の約八割は六十歳になっても当面離職することなく今いる職場で働き続ける。これは筆者による試算(『週刊エコノミスト』〇六年一月十七日号「二〇〇七年問題再考 団塊世代『一斉離職』は本当か」)や電通による最近の調査(グラフ)でも明らかになっている。
第一の理由は高年齢者雇用安定法の改正による定年の制度的延長。第二の理由は早期退職の増加。第三の理由は、団塊世代の女性の多くが、とうの昔に退職していること。さらに働き続けている団塊女性の多くは、派遣労働者やパートタイム労働者であり、これらの人々にも定年退職はない。以上の三つの理由から、団塊世代が〇七年に一斉に定年離職するというのは、正しくない。そして、いつまで仕事を続けるかは、子供の養育費や住宅ローン残高など個人や家族のライフステージの変化、本人が満足できる職場との出合いなどの個人的理由に大きく依存していく。こうしたことからも、団塊世代の離職時期は〇七年に集中せず、分散すると予想される。
団塊世代にとって二〇〇七年は「リタイア・モラトリアム」元年
団塊世代の約八割は当面離職することなく、今いる職場で働き続けると述べた。ここで注意したいのは、今いる職場で働き続けるといっても、大半は六十歳でいったん定年退職し、再雇用で働き続けることだ。従来こうした形態で定年後も働き続ける人は存在したが、少数派だった。一方、これからはこうした形態で働き続ける人が多数派になる。ここが従来との大きな違いだ。
すると、サラリーマンの多くが「キャリア」から「リタイア」までのゆるやかな移行期間を体験することになる。つまり、〇七年は団塊世代の多くの人にとって「リタイア・モラトリアム(猶予期間)」の始まりの年なのである。この期間には、自分周辺の同世代の多様なリタイア・パス(キャリア・パスに対する言葉。リタイアまでの順序・経歴)を横目で眺めつつ、自分のことをいろいろと考えながら働き続けるという「心理的に不安定な状態」となる。
実はこの期間と同時期に〝脳〟と〝知力〟の変化が起こる。最近の脳研究によると、五十代から七十代に脳の海馬における樹状突起の数や密度が最高潮に達することや脳のなかで新たな神経細胞が成長し続けることがわかってきた。一方、米ジョージワシントン大学の医学者コーエンによると五十代後半から七十代前半には「解放段階」と呼ばれる心理的発達の段階が訪れる。この段階にはこれまで家族や職場の都合を優先し、世間体などを気にして抑制してきたことを実現したくなり、「何かこれまでと違ったことがしたい」「今やるしかない」といった気持ちが強まる(詳細はジーン・D・コーエン著、筆者ほか訳『いくつになっても脳は若返る』ダイヤモンド社を参照)。
このような「脳の内部の生理的変化」と「心理面の発達」とが相互に影響を及ぼすことで「抑制からの解放に向かうエネルギー」を高める。重要なのは、団塊世代にとって、この「解放に向かうエネルギー」 が高まる時期と「リタイア・モラトリアム」の時期が重なるのが〇七年以降なのである。これが団塊世代の〇七年以降のライフスタイルを読む“カギ”となる。
二〇〇七年以降に増える「解放型ライフスタイル」と「解放型消費」
結論を言うと、団塊世代が求めているのは多様な「解放型ライフスタイル」である。従って、それを支えるさまざまな「解放型消費」が今後増えていく。その兆候はすでに表れている。例えば、都市部を中心に増えている「レンタルオフィス」が一例。仕事は続けたいが、会社で働くのが嫌な人向けのいわば「マイ・オフィス」だ。これは「上司からの解放」の受け皿を商品化したものといえる。
また、「高級アナログオーディオ」もその一つ。デジタルオーディオの波は、商品を画一化というオブラートで包み、聴き手から音質向上を工夫する楽しみを奪い取り、聴き手が何も関与できない「ブラックボックス」にした。人生に一区切りがつくと若いころにあった「自由」と「遊び心」を取り戻したい気持ちが強くなる。「ブラックボックスからの解放」がこうした高級品への回帰の背景だ。
〇七年以降は団塊世代のこうした「解放型ライフスタイル」を支える商品・サービスを提供できる企業が業績を伸ばすだろう。
※海馬…脳の器官の一つ。入力された情報の整理取捨選択と記憶を司っている
※樹状突起…神経細胞から木の枝のように分岐しながら広がり、他の神経細胞などから信号を受け取る働きをする