シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第170回
活性酸素と酸化ストレス
酸素は私たちが生きていくうえで必要不可欠だ。一方大気汚染や放射線、食品添加物など外部からの様々な刺激を受け、私たちの体内で「活性酸素」に変化するものがある。
これは大気中の酸素よりも活性化された反応性の高い酸素と関連分子の総称で、不安定で色々な物質と反応しやすい性質を持っている。
活性酸素は細胞伝達物質や免疫機能として働く一方、過剰に産生すると細胞を傷つけ、様々な疾患をもたらす要因となる。
生体内には活性酸素から生体を防御する抗酸化防御機構が備わっている。しかし活性酸素の産生が抗酸化防御機構の能力を上回ることがある。この状態を「酸化ストレス」という。がんや糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞などの疾患は酸化ストレスが関係すると考えられている。
遺伝子レベルでの酸化ストレス防御の仕組み
従来、活性酸素から体内を防御する仕組みは、①グルタチオンやビタミンE、ビタミンCなどの抗酸化物質(発生した活性酸素を捕捉して無毒化する物質)、②活性酸素を分解除去する抗酸化酵素、③活性酸素によって傷害を受けた分子を修復するか、分解除去して作り直す仕組み、の三種類と考えられてきた。
しかし、近年の研究で「遺伝子レベル」での酸化ストレス防御の仕組みが明らかになってきた。
私たちの体は37兆個もの細胞で構成されている。一つ一つの細胞には核があり、身体の設計図とも言われるDNAが入っている。
特定のタンパク質をつくる必要がある場合、DNAから必要な情報が「メッセンジャーRNA」に転写される。RNAはその名の通り「メッセンジャー(伝令役)」として、核の外にあるタンパク質の合成工場「リボソーム」へ転写した設計図を運び、タンパク質が合成される。
最近話題のファイザーとビオンテック、およびモデルナの新型コロナウイルスワクチンは「病原体のごく一部だけを作る設計図」を転写したメッセンジャーRNAを体に投与するものだ。
これにより私たちの細胞の中で、病原体の成分の一部が作られるようになる。すると体はそれを「異物」であると認識し、免疫が働くという仕組みだ。
生体防御機構の担い手「NRF2」
このようにDNAの情報によってタンパク質が合成される一連のプロセスを遺伝子の「発現」という。またメッセンジャーRNAへの転写を抑制・促進する特殊なタンパク質が存在し、「転写因子」と呼ぶ。
遺伝子発現に詳しい東北大学の本橋ほづみ教授によれば「NRF2」と呼ばれる転写因子が生体防御機構の大切な担い手として働いているという。
私たちの身体が活性酸素や毒などにさらされたとき、NRF2は細胞核内に蓄積して生体防御遺伝子群を活性化させ、上述の抗酸化物質であるグルタチオンや解毒酵素を生み出す。NRF2は細胞の酸化ストレスへの耐性を高める役割を担っているのだ。
NRF2は平時には「KEAP1」という「抑制性制御因子」によって細胞質内で分解され、機能しないようになっている。ところが私たちの体が酸化ストレスにさらされた時、KEAP1が細胞内でいち早くこれを感知して抑制を解除し作動する。
ブロッコリースプラウトや、わさびが酸化ストレスを抑える
逆に抑制役のKEAP1にブレーキをかけるとNRF2が活性化することもわかっている。実はこのブレーキをかける物質がブロッコリースプラウト、わさび、貝割れ大根、ウコンやローズマリーなどに多く含まれている。
スーパーなどでよく見かける身近な食材だが、遺伝子レベルで酸化ストレスから体を守ってくれるのだ。
NRF2のメカニズム解明による可能性のひとつが、アルツハイマー病だ。近年アルツハイマー病は神経炎症だと考えられるようになってきた。
NRF2を活性化させ、酸化ストレスに対して強い状態にした方が、アルツハイマー病の改善に有効というエビデンスは動物レベルでは明らかになっている。今後の研究進展に期待したい。