
精神を安定させるセロトニンとは?
前項で述べたドーパミン同様、「セロトニン」も「調節系」の神経伝達物質で、ドーパミンとは違った作用をします。
セロトニン研究に詳しい東邦大学医学部の有田秀穂名誉教授は、脳内のセロトニンには次の5つの機能があると言っています。
大脳に働きかけて「覚醒の状態」を調整する機能
心の領域に働きかけて意欲や心のバランスに関係する機能(うつ病にも関係)
痛みの調節をする機能(偏頭痛に関係)
自律神経への働きに関係する機能(緊張への働きで血圧や代謝を上げる)
姿勢筋に緊張を与える機能
精神の安定の面では、一つ目と二つ目が重要になります。
セロトニンは、ドーパミンやノルアドレナリンといった神経伝達物質の活動を調節して、不安感を和らげ、精神を安定させる働きがあります。
また、脳内に負の記憶やマイナスのイメージが過剰に形成されるのを抑制する作用があると考えられています。
セロトニンは、脳幹にある神経核の一つである「縫線核」で分泌され、そこから伸びているセロトニン神経系から、大脳皮質、大脳辺縁系、視床下部、脳幹、脊髄など、広い脳領域に投射されます。
生体リズムに関係するセロトニン
セロトニンが重要なのは、生体リズムに関わっていることです。
私たち人間は、朝になると目が覚め、夜になると眠るという生体リズムを持っています。
これは概日リズム、またはサーカディアン・リズムと呼ばれます。
この生体リズムは、私たちが「体内時計」を持っているために起こります。
体内時計は、脳の視床下部にある「視交叉上核」という部位の働きによります。
現在では、概日リズムはおおむね24時間周期のリズムと説明されます。ただし、体内時計は外界の24時間と完全に一致しているわけではないため、光や食事、運動、睡眠などの生活リズムによって毎日調整されています。
この調整に大きく関わるのが、朝の光です。
朝に太陽の光が目に入り、脳に光の刺激が伝わることで、体内時計がリセットされます。このリセットには、次項で詳しく述べる「メラトニン」も深く関係しています。
睡眠中、セロトニン神経系は活動が低下し、睡眠に関係するホルモンであるメラトニンが体内を回っています。
朝になって太陽の光が網膜を通じて脳に伝わると、セロトニン神経系が働き始め、脳を覚醒状態にしていきます。
それと同時に、光の刺激が視交叉上核に伝わると、視交叉上核は脳の「松果体」という内分泌器に司令を出して、メラトニンの分泌を抑えます。
また、興奮性の神経伝達物質であるノルアドレナリンなども関わり、脳が覚醒状態になるのを促します。
セロトニンの合成と分泌は、朝から日中にかけて活発になり、午後から夜にかけて徐々に活動が低下していきます。
そして、夜になるとセロトニンを原料にしてメラトニンが作られます。
セロトニンは神経伝達物質ですが、メラトニンはセロトニンを原料にしたホルモンです。
神経伝達物質は神経の間でやりとりされますが、ホルモンは血液を通して体中を巡ります。
暗くなって眠っている間はメラトニンが体中を巡り、体温を下げ、眠りを維持する方向に働きます。
セロトニンと睡眠障害やうつ病との関係
セロトニン神経系は、脳の視床下部にも関わり、睡眠と覚醒に関係しています。
そのため、セロトニンの働きが低下すると、朝の目覚めが悪くなったり、日中の活動モードに切り替わりにくくなったりすることがあります。
また、セロトニンはメラトニンの原料にもなっています。
そのため、セロトニンの働きが乱れると、メラトニンの分泌リズムにも影響し、眠りが浅くなるなど、睡眠の質に関わることがあります。
さらに、セロトニンには不安を和らげる作用があります。
セロトニンの働きが低下すると、不安感が強くなることがあります。これが極端にひどくなると、強迫性障害や、激しい不安と発作を起こすパニック障害などに関係する場合があります。
中年期の方々は、会社勤めなら管理職として忙しく、責任も重い。
上司からの要求、顧客からのクレーム処理、部下からの突き上げなどもあります。
片や家庭のなかでも、親の介護、子供の進学・就職、配偶者との関係など、精神的な負荷も多く、心労も重なります。
こうしたストレスにさらされ続けると、脳内のモノアミンの働きに影響が出ることがあります。
朝起きたときに、
「何もする気がしない」
「会社に行きたくない」
「起きたくない」
と感じるようなら、その兆しがあるかもしれません。
従来、このような脳内でのモノアミン濃度が低い状態が慢性化することが、うつ病の原因の一つだと考えられてきました。
この考え方を「モノアミン欠乏仮説」といいます。
SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という代表的な抗うつ薬は、神経同士の接合部であるシナプスにおけるセロトニンの濃度を上げる薬です。
一方で、現在では、うつ病の原因はセロトニン不足だけで単純に説明できるものではないと考えられています。
ストレス負荷で血中に増えるコルチゾールと呼ばれるホルモンが、海馬をはじめとして脳のさまざまな部分に影響を与えること、またコルチゾールがBDNFなどの神経細胞の成長に必要な神経栄養因子の産生を低下させることも、研究で示されています。
この考え方は「神経細胞障害仮説」と呼ばれます。
さらに、脳機能画像研究の進展により、「秘訣その5」で説明した「報酬系」と、恐怖や不安を感じる扁桃体を中心とした「罰系」と呼ばれる神経ネットワークのバランスが崩れた状態であるという考え方もあります。
つまり、うつ病や強い不安は、単にセロトニンだけの問題ではなく、ストレス、睡眠、生活リズム、脳内ネットワーク、体の状態などが複雑に関係していると考えるのが自然です。
日常生活で脳内のセロトニンを増やすには?
日常生活においてセロトニン神経を活性化させる方法は三つです。
一つ目は、太陽の光を浴びること。
二つ目は、リズム運動をすること。
そして三つ目は、グルーミングです。
太陽の光を浴びる
一つ目の太陽の光を浴びるというのは、具体的には朝、外に出て光を浴びることです。
朝の光刺激が網膜から脳に伝わると、体内時計が整い、セロトニン神経系の働きも高まりやすくなります。
朝起きたらカーテンを開け、太陽の光を浴びましょう。
天気が悪くても、室内の明かりより外の自然光のほうが明るいことが多いため、できるだけ外に出て太陽の光を浴びることが重要です。
リズム運動をする
二つ目のリズム運動とは、「イチ、ニ、イチ、ニ」とリズミカルに運動をすることです。
例としては、ウォーキング、よく噛んで食べる、吐き出す呼吸などがあげられます。
これは、ヨガや太極拳、座禅での呼吸法のように、大きく深く息を吐き出すことにもつながります。
太陽の光を浴びながらリズム運動を併せて行うのに最も手軽な方法は、朝起きてまだ静かなうちに外に出て、リズムよく30分ほどウォーキングすることです。
ウォーキングが終わったら、朝食をよく噛んで食べることです。
私も朝はよく外を歩いていますが、夏は朝5時ごろから多くの人々が散歩しているのを見かけます。
散歩の際に気をつけたいことは、リズミカルに歩くことです。
ダラダラ歩いたり、犬を連れて犬のペースで散歩したりするのは効果が下がります。
また、サンダル履きではなく、運動靴やスニーカーを履いて、リズムを刻んでテンポよく歩くのがよいのです。
グルーミングを大切にする
三つ目のグルーミングは、「猿の毛づくろい」として知られているものです。
動物行動学的に見ると、ノミ取りの意味だけではなく、群れのなかで発生するストレスに対して、互いにそれを緩和し合っている行動です。
これを人間社会に例えると、お互いの髪の毛を撫で合うことでもあるのですが、人間社会のなかでは「人と人が近い距離で触れ合うこと」となります。
具体的には、職場であれば「仕事のあとの赤ちょうちん」や「おしゃべりしながらの井戸端会議」、家庭であれば「家族で食事する」、またはそれに近い行為で「お風呂屋さんで一緒にお風呂に入る」などが、人間にとってのグルーミングとなります。
これらの行為の結果、疲れがとれてストレス緩和になり、仕事を終えたあとの「オフ時」のセロトニン活性化法になると前出の有田名誉教授は言っています。
とはいえ、仕事後の赤ちょうちんなどで、お酒を飲んで他人の悪口や愚痴を言い合うだけでは、リラックスできない可能性もあります。
グルーミングの場合には、一緒にお酒を飲む相手や、家族のなかの関係が良好であり、ストレスを溜めない状態が肝心です。
朝シャワーで全身を活動モードへ切り替える
私は長年、朝のシャワーを習慣にしています。
朝にシャワーを浴びるとセロトニン活性が上がるかどうかは不明ですが、全身が活動モードに切り替わるのを私自身が実感しています。
この理由は、シャワーを浴びることで体温が上がるからです。
寝ている間は体温が下がっていて、起床して体温が上がると、臓器が動き出して体内のエンジンがかかり、ますます体温が上がります。
私にとってのシャワーは、活動モードへのスイッチになっています。
自律神経の面から見ると、寝ている間はリラックスの神経である副交感神経優位ですが、起床すると活動の神経である交感神経が優位になります。
そのスイッチを入れるのに、朝にシャワーを浴びるのが効果的です。
ここまでをまとめると、朝起きて太陽の光を浴び、リズム運動でウォーキングを30分行ったあとにシャワーを浴び、その後によく噛んで朝食をとる。この一連の流れが、日常生活のなかでセロトニン神経を活性化させる方法です。
食事でセロトニン分泌を支えるには?
セロトニンを体内で生合成するには、必須アミノ酸の「トリプトファン」が必要です。
しかし、トリプトファンは体内では作れないので、食べ物から摂るしかありません。
トリプトファンは、豆腐、納豆、味噌、醤油といった大豆食品のほか、乳製品や米、ごま、ピーナッツ、卵などに多く含まれます。
トリプトファンからセロトニンを生合成するには、「秘訣その5」で触れたビタミンB6も関係します。
ビタミンB6は、レバー、マグロ、カツオなどの赤身、ピスタチオ、ピーナッツなどの種実、にんにくなどに多く含まれます。
さらに、セロトニンを脳内で効率よく作るには、トリプトファン、ビタミンB6と一緒に、適量の炭水化物を摂ることも大切です。
炭水化物が必要なのは、次の理由からです。
筋肉を構成するアミノ酸の一種であるBCAAは、トリプトファンがアミノ酸トランスポーターを介して脳内に運ばれるのを阻害します。
タンパク質と一緒に炭水化物を摂ると、インスリンの血中濃度が上がり、BCAAが骨格筋に吸収されるのを促進します。
すると、BCAAのアミノ酸トランスポーターへの吸収が低下して、その分トリプトファンが効率的に脳内に運ばれやすくなります。
トリプトファン生成促進の観点からは、バナナがお勧めです。バナナ1本の中に、セロトニンの合成に必要なトリプトファン、ビタミンB6、炭水化物が含まれているからです。ただし、前述の糖質制限が必要な人は避けた方がよいでしょう。
加えて、トリプトファン以外の栄養素も重要です。
ビタミンB6以外に、マグネシウムや鉄分などの栄養素も、セロトニンを合成する際に関わります。
ただし、特定の食品を食べれば、すぐにセロトニンが大量に増えるというわけではありません。
大切なのは、トリプトファンを含むタンパク質、ビタミン、ミネラル、炭水化物を含んだバランスのよい食事を続けることです。
セロトニン活性を上げるのに薬に頼らない
前出の「モノアミン欠乏仮説」によって、うつ病などの精神疾患に対する薬物には、セロトニンに関係するものが多くあります。
代表的なものが前出のSSRIです。
SSRIは、セロトニンを新たに生成・分泌させる薬ではありません。
神経同士の間隙であるシナプスに放出されたセロトニンの再取り込みを阻害する薬です。
それにより、シナプスでのセロトニン濃度を高めています。
ただし、SSRIは医師が必要と判断した場合に使う治療薬です。
うつ病ではない人が、セロトニン活性を上げたいという理由で、自己判断で使うものではありません。
また、うつ病や不安障害などが疑われる場合は、生活習慣だけで解決しようとせず、医師や専門家に相談することが大切です。
一方で、病気の治療とは別に、日常生活の中でセロトニン神経系を整えることはできます。
朝の光を浴びる。
リズミカルに歩く。
よく噛んで食べる。
人と穏やかに関わる。
夜は眠りやすい環境を整える。
こうした生活習慣の改善によって、セロトニン神経系を整えていくのが王道です。
リズミカルな生活が心と体を整える
セロトニンを整える生活は、決して難しいものではありません。
むしろ、昔から健康によいといわれてきた生活そのものです。
朝起きたら光を浴びる。
日中は体を動かす。
よく噛んで食べる。
人と会話する。
夜は眠る準備をする。
こうした生活を続けることで、心と体のリズムが整いやすくなります。
中高年になると、仕事、家族、介護、健康不安など、精神的な負担が増えていきます。
だからこそ、生活のリズムを整えることが大切です。
気合いで頑張るのではなく、リズムで整える。
それが、人生100年時代を穏やかに、元気に生きるための大切な土台になります。
スマート・エイジングについてより深く知りたい方は、村田裕之の講演会をご覧ください。講演会では、さらに興味深い動画やグラフをお見せして、
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