
自分らしさは「他者との関係性」で規定される
本ガイドのPART3のタイトルは「自分らしく生きるための秘訣」ですが、「自分らしく生きる」というのは一見簡単そうで、実は非常に難しいテーマです。
そもそも「自分らしさ」とは何でしょうか。
『新約聖書』に登場する有名な女性サロメは、
「人間は七枚のベールをかぶっている。六枚目のベールまでは脱ぐが、七枚目のベールは自分ですら脱がない」
と言っています。
つまり、本当の自分は自分ですらわからない、という意味です。
このように、自分らしさというのは「自分ではわからない性質のもの」のようです。
ところが、あなたの友人や知人から、
「ああ、そういうところが○○さんらしいわね」
などと言われることはありませんか。
どうも自分らしさというのは、自分自身は気がつかないけれども、他人は気がつくという性質があるようです。
つまり、自分らしさとは、他人がいて初めてその存在を認識されるものといえます。
別の言い方をすれば、自分らしさは「他者との関係性」によって規定されるともいえます。
老夫婦演奏者の「その人らしさ」が形成される過程
アメリカ・アイオワ州に住んでいたマルロー・コーワンさんとフランセス・コーワンさん夫妻は、マルローさんが90歳を過ぎてから、その名を全米に知られるようになりました。
音楽演奏などに使用する鐘を製作する鐘職人のマルローさんと、ピアニストのフランセスさんは、メイヨー・クリニックという有名な病院のロビーで、ボランティアとして演奏をしていました。
単なる真面目な楽器演奏とは異なる、茶目っ気たっぷりの老夫婦の演奏が徐々に評判になり、夫妻はいつしか「メイヨー・クリニックのロックスター」と呼ばれるようになりました。ちなみに、彼らが演奏していたのはロックではなく、クラシックでした。
すっかり病院の名物となった夫妻の演奏の様子を知人が動画サイトのYouTubeに投稿しました。すると、この動画はネット上の口コミで瞬く間に広がり、多くの人に視聴されることになります。
コーワン夫妻の名は全米で知られるようになり、その後、全国ネットのテレビ番組でも紹介され、「理想のおしどり老夫婦」として一躍ときの人となりました。その後、マルローさんは2016年に97歳で亡くなりましたが、夫妻が残した演奏の映像は、今も多くの人に喜びを与えています。
マルロー・コーワンさん&フランセス・コーワンさん夫妻(アメリカ・アイオワ州)
ここで重要なのは、コーワン夫妻が全米の注目を集めるようになったことではありません。
メイヨー・クリニックのロビーの観客や、YouTubeの視聴者という「他者との関係性」によって、理想のおしどり老夫婦としてのイメージ、つまり「コーワン夫妻らしさ」が形成されていったことが重要なのです。
自分らしさを他者が認識するには「情熱」が必要
一方で、他者との関係性によって自分らしさが規定されるためには、自分の内面から「何か湧き出るもの」が必要だと私は考えます。
それは、一言でいえば「情熱」です。
それが好きで心底没頭するとき。
寝食を忘れて取り組んでしまうほど夢中になれるとき。
人は情熱を発します。
実はコーワン夫妻の場合も、マルローさんは鐘の製作という仕事を通じて、フランセスさんはピアノの先生として、やはり長年生徒さんの育成にかかわり、音楽に対する情熱は相当なものがありました。
話は変わって、75歳の日本人女性Sさんは、若い頃からずっと運動音痴だと周りの人に言われ続けてきました。
子育てが一段落した53歳のときに、生まれて初めてマラソンに挑戦し、走る喜びを知りました。
70歳で先述のカーブスで筋トレを始めて、72歳で東京マラソンを完走しました。
そのときのことを、こんなふうに話しています。
嬉しかったですよ、完走したときは。私でもやれたと思って。やっぱりね、結果が出るとか賞状をいただけますでしょ? 家事っていうのはいくらやったって褒められることはなかったですもの。
Sさん(75歳、72歳で東京マラソン完走)
男性には耳の痛い一言ですね。
こういう場合に折りに触れて、
「いつもご飯を作ってくれて、家事洗濯してくれてありがとう」
と感謝の気持ちを伝えると、「秘訣その5」で述べたとおり、奥さんには「予期しない嬉しいこと」となり、ドーパミンが放出されて勇気づけられるのです。
それはともかくとして、走る喜びを知り、走ることが本当に好きになった彼女は、
「死ぬまで走りたいですね。80歳になっても現役で走りたい」
と本気で話しています。
Sさんは、自分が本当に好きで心底没頭できることを、72歳になってから見つけたのです。
Sさんを見ていると、人の成長に年齢は関係ないことを感じます。
好きなことに夢中なときが一番輝いて見える
さて、皆さん、ここまでの話で自分らしさというものはどのようにして出てくるか、おわかりになりましたか。
繰り返しになりますが、自分らしさというのは、他者との関係性で規定されるということです。
ただし、そのためには、自分の内面から湧き出る「情熱」が必要なのです。
自分がそのことに心底没頭できるとき。
寝食を忘れて取り組んでしまうほど夢中になれるとき。
他人から見て、一番輝いて見えるのです。
では、どういうことなら、自分の情熱を注ぎこみ、心底夢中になれるのでしょうか。
それは、「自分の好きなこと」です。
したがって、自分らしく生きたいと思うなら、自分の好きなことに、とことん取り組むこと。
そして、他者との関係性をよくすること。
つまり、自分の周囲にいる人たちとよい人間関係を築くことが大切なのです。
好きなことに取り組むのは簡単ではない
一方、好きなことに取り組むと言葉にしてしまえば簡単ですが、これがなかなか難しい。
特に忙しい現役時代や子育て期間中は、かなり難しいです。
しかし、人生は一度しかありません。
時間には限りがあります。
自分に残された時間に、自分の好きなことに取り組むということを意識して徹底的にやらないと、自分らしく生きるということは永遠にできないでしょう。
こういう話をすると、特に男性の方には、
「俺には好きなことがないんだよ」
と言われる方もいらっしゃいます。
真面目な男性には、仕事一筋でやってきて、退職したらやることがない、行くところもない、何をしたらいいかわからない、という方が結構いらっしゃいます。
でも、気にする必要はありません。
必ず何か一つは好きなことがあるはずです。
ただ、これまでそれに徹底的に取り組むきっかけがなかったり、自覚が薄かったりしただけなのです。
好きなことは、人生後半からでも見つけられる
好きなことは、若い頃から持っていなければならないものではありません。
人生後半になってから見つかることもあります。
Sさんのように、ずっと運動音痴と言われてきた方でも、東京マラソン完走をきっかけに、72歳でマラソン好きになることも十分あり得るのです。
むしろ、人生後半だからこそ見つかる好きなこともあります。
若い頃には忙しすぎて気づかなかったこと。
仕事や子育てが一段落して、ようやく向き合えるようになったこと。
昔から気になっていたけれど、手を出せなかったこと。
誰かに誘われて、試しにやってみたら思いがけず楽しかったこと。
そうしたものの中に、自分の情熱の種が隠れていることがあります。
まだこの瞬間、好きなことがないと思っている方は、まずそれを見つけるところから始めてみてはいかがでしょうか。
自分らしさは「好きなこと」と「人との関係」から育つ
自分らしさは、一人で部屋に閉じこもって考えているだけでは、なかなか見えてきません。
- 自分が好きなことに取り組む。
- それを誰かに見てもらう。
- 誰かと一緒に楽しむ。
- 誰かから感想をもらう。
- 誰かの役に立つ形にしてみる。
そうした他者との関係の中で、自分らしさは少しずつ形になっていきます。
コーワン夫妻は、病院のロビーで演奏していたからこそ、多くの人が「その人らしさ」を感じたのです。
Sさんは、マラソンに挑戦し、完走という結果を得たからこそ、自分でも気づかなかった「走る人」としての自分に気が付きました。
好きな活動は健康にもつながる
好きなことに取り組むことは、心の充実だけでなく、健康にもよい影響を与える可能性があります。
趣味や社会活動、ボランティア、学びの場に参加することは、人との交流を増やし、生活にリズムを生み、外出の機会をつくります。
結果として、孤独の予防、認知機能の維持、心身の健康づくりにもつながりやすくなります。
もちろん、好きなことをすれば必ず健康になるという単純な話ではありません。
しかし、何も楽しみがない生活よりも、心から楽しめることがあり、それを通じて人とつながれる生活のほうが、人生後半を豊かにしてくれるのは間違いありません。
好きなことは、心の栄養です。
そして、それを誰かと分かち合うことは、自分らしさを育てる土壌になります。
自分らしく生きるために何が必要か
では、好きなことがまだ見つからない人は、どうすればよいのでしょうか。
難しく考える必要はありません。
まずは、少しでも気になることを試してみることです。
昔好きだったことを思い出す。
子供の頃に夢中になったことを書き出す。
人から誘われたことに一度乗ってみる。
地域の講座や教室に参加してみる。
運動、音楽、絵、写真、料理、旅行、園芸、読書、ボランティアなど、少しでも心が動くものを試してみる。
その中で、
「もう少しやってみたい」
と思えるものがあれば、それが情熱の入口です。
最初から大きな目標を持つ必要はありません。
うまくできる必要もありません。
人より優れている必要もありません。
大切なのは、やっているときに心が動くかどうかです。
そして、それを続けているうちに、他人から
「それ、あなたらしいですね」
と言われるようになることがあります。
そのとき、自分では気づかなかった「自分らしさ」が、他者との関係の中で姿を現すのです。
自分らしく生きるとは、好きなことを社会に開くこと
自分らしく生きるとは、自分勝手に生きることではありません。
自分の好きなことを見つけ、それに情熱を注ぎ、その姿が誰かに伝わり、誰かとの関係の中で意味を持つことです。
好きなことがある人は、年齢を重ねても輝いて見えます。
好きなことに取り組む人は、日々の生活に張り合いが生まれます。
好きなことを通じて人とつながる人は、孤独になりにくくなります。
人生100年時代に必要なのは、ただ長く生きることではありません。
自分らしく生きることです。
そのためには、好きなことに取り組むこと。
そして、その好きなことを通じて、他者とよい関係を築くことです。
まだ好きなことがないという方が周りにいらっしゃったら、ぜひここに書いたことをアドバイスしてあげてください。
きっと見つかると思います。
スマート・エイジングについてより深く知りたい方は、村田裕之の講演会をご覧ください。講演会では、さらに興味深い動画やグラフをお見せして、
秘訣を実践を交えてわかりやすくお話ししています。


