
尾畠春夫さんで注目を浴びるボランティア
2018年8月に、山口県周防大島町で行方不明になった2歳児をわずか30分で見つけ出したことで話題となった尾畠春夫さん。
彼は日本全国の被災地に駆けつけてボランティア活動をしていることもあり、「スーパーボランティア」とも呼ばれています。
なぜ、尾畠さんが注目されたのかといえば、一つはその外見です。
2018年当時78歳という年齢の割に体力があって元気で、頑丈でフットワークがいい。
尾畠さんもボランティアを始めた頃は、各地に駆けつけても、
「このおじさんは誰だ?」
と怪しまれたのだそうです。
しかし、尾畠さんの人となりや、彼のこれまでの人生を知ると、多くの人が一様に感心します。
小学生のときに母親を亡くし、農家に丁稚奉公に出され、15歳から魚市場で修行して、20代半ばで出稼ぎのために上京。
東京でとび職を3年間ほどやり、そこで得たお金を元にして、28歳のときに地元大分県別府市に鮮魚店「魚春」を開業。
結婚して、その後は地元で腕のいい魚屋さんとして知られていたそうです。
しかし、65歳のときに未練なく店を閉じ、ボランティア活動を始めました。
2004年に新潟県中越地震で震災ボランティア活動を行い、2011年の東日本大震災では宮城県南三陸町にボランティア活動で、のべ500日滞在していたそうです。
彼の収入は毎月の国民年金のみ。
そのお金で生活のすべてをまかなっています。
として、食事の提供などを原則断ります。
差し入れの弁当は受け取りますが、交通費は受け取らない。
有名になってから、多くのメディアから出版やテレビ出演の依頼がやってくるそうですが、基本はお断り。
自治体のPRビデオへの出演依頼もありましたが、それも断ったそうです。
決して多くない収入で、後期高齢者である彼は、なぜボランティア活動に注力するのでしょうか。
なぜ、高齢になると他人の役に立ちたくなるのか?
アメリカのNIH(国立衛生研究所)の一つ、NIA(国立エイジング研究所)の初代所長で、心理学者のコーエンは、自身が実施した数多くの退職者インタビューのなかで、次のような質問をしました。
この質問に対して、あらゆる人が
「他人の役に立つこと」
と答える、と語っています。
それも収入のレベル、人種、文化的背景に関係なく、あらゆる人がそう答えているとのことです。
何か恩返しをしたいという衝動は、特に人生の後半になって強くなります。
なぜなら、その時期には自分の死を考え、歳をとることに伴う困難に直面することで、価値観が変化するからです。
こういった「社会に対して恩返ししたい」衝動は、尾畠春夫さんだけではありません。
むしろ多くの退職者に存在しており、膨大な社会的資源といえます。
コーエンの研究によれば、ボランティアなどの方法で社会に「恩返し」をした人たちは、退職後の生活に最も満足しているグループと重なっています。
逆に、退職後の生活で最も不満を抱える人たちは、現役時代に卓越したキャリアを築いていたのに、退職後にそれに匹敵する充実感を得られない人たちだそうです。
コーエンは、
「人間はそもそも、より大きな善きことのために貢献したいという慈善心に富んだ崇高な衝動を抱いている」
と語っています。
その一方で、こうした恩返しはしたいが、ボランティアはやりたくない、という人も多く存在します。
特にビジネスの世界で利害関係でのみ行動してきた人、男性に多いのですが、無償で何かの労働を提供することに抵抗感を持つ人も少なくありません。
コーエンが言う「慈善心に富んだ崇高な衝動」というのは、キリスト教の影響が強い気もします。
しかし、尾畠春夫さんも含めて、キリスト教の影響を受けていないがボランティアに取り組む人が日本にはたくさんいます。
これはどう解釈すればよいのでしょうか。
他人から感謝されるとき、幸福を感じる
「秘訣その3」で紹介した学習療法の、健康な人向けのプログラム「脳の健康教室」で得られるのは、実は脳の健康だけではありません。
脳の健康教室のサポーターの方は、だいたい40代後半から60代前半くらいの市民ボランティアが多いのですが、以前、品川教室のサポーターの方がこんなことを言っています。
Episode
脳の健康教室に参加されたご年配の方には、「昔は兄弟が多くて、一番上だったので子供の頃、学校に行きたくてもあまり行けなかったので、読み書きがちゃんとできなかった。この年齢になって、こんな勉強ができるなんて夢にも思わなかった。あなたのおかげでここに来るのが楽しかった。本当にありがとう」と言われ、思わず胸にこみ上げてくるものがありました。
脳の健康教室・品川教室のサポーターの声
このように、誰かの役に立つと、その人から感謝されます。
「ありがとう、あなたのおかげよ」
とか、
「君のおかげで助かったよ、ありがとう」
などと言われると、人間、誰しも嬉しいものです。
特に中高年になると、このように他人から感謝されるといっそう嬉しく感じるようです。
この理由の一つとして、私は中年期を過ぎると、他人から感謝されたり褒められたりする機会が減っていくからだと思います。
職場なら中間管理職以上の立場であり、部下を褒めることはあっても、自分が褒められることはあまりありません。
一方、家庭では親が同居していない限り、男性も女性も最年長者であり、褒めてくれる人はまずいません。
しかし、本来、人は誰でも、いくつになっても褒められたいものです。
理由のもう一つは、他人から感謝されたり褒められたりする行為が「心理的報酬」であり、「秘訣その5」で触れたように脳内の報酬系が活性化し、元気が出るからです。
東北大学の研究によれば、こうした「心理的報酬」を受けているときの脳を機能的MRIで見ると、報酬系の中枢である「線条体」が活性化していることがわかっています。
また、金銭的報酬を受けるときと、こうした心理的報酬を受けるときに活性化する脳の中枢が同じ線条体であることもわかっています。
そのため研究者のなかには、心理的報酬はお金に置き換えられるという人もいます。
しかし、私たちは同じ「報酬」でも、「金銭的報酬」と「心理的報酬」が異なる性質のものだと認識しています。
この理由は、報酬が何によってもたらされているのかを大脳の前頭葉で認知し、その性質の違いを識別して記憶しているためと思われます。
他人に感謝するときも、幸福を感じる
功成り名を遂げた企業経営者の多くは、「他人に感謝すること」の重要性をしばしば語ります。
人間は他人から感謝されると幸福を感じる一方、他人に感謝するときも幸福を感じるからです。
近年の研究では、感謝や利他的な行動は、脳の報酬系や幸福感に関わる仕組みと関係することが示されています。
他人に感謝すること、誰かに親切にすること、社会のために何かをすることは、単なる道徳ではなく、自分自身の心の健康にも関係しているのです。
ここで関係する物質の一つが「エンドルフィン」です。
エンドルフィンは脳内麻薬とも呼ばれ、痛みを緩和し、「気持ちいい」や「幸せな気持ち」などの多幸感をもたらすと考えられています。
エンドルフィンという言葉は「体内で分泌されるモルヒネ」という意味で、モルヒネと同じ作用を示す内在性オピオイドの一つです。
オピオイドとは、麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイド、モルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類の総称です。
エンドルフィンの機能で有名な例としては、「ランナーズハイ」です。
これはマラソンやジョギングをしていて苦しくなってきても、走り続けていくうちに苦痛がなくなり、気持ちよくなっていく状態のことです。
このときには脳内にエンドルフィンが分泌しているといわれています。
また、寄付やボランティアのような利他的な行動をしているときにも、報酬系が活性化することが研究で示されています。
たとえば、寄付を行うと、金銭的報酬を受けたときにも関わる腹側線条体などの報酬系が働くことが報告されています。
他人が癒されるとき、自分も癒される
スマート・エイジング学際重点研究センターに開設した脳の健康教室を「脳いきいき学部」と呼んでいました。
この教室は本来、2011年4月に開始予定でした。
ところが、同年3月11日の東日本大震災のために延期し、9月からの開始になりました。
しかし、これが新たな物語を生みました。
Episode
脳いきいき学部のサポーターの一人、Aさんは石巻市出身。お父様を津波にさらわれ、行方不明となりました。津波で家族を失った多くの方がそうであるように、Aさんも気持ちの整理がつかず、苦悶する日々を過ごしていました。
しかし、「このままの状態ではいけない。前を向いて進まなければ」という強い思いから、脳いきいき学部のサポーターへの応募を決断されました。ご本人は、「人と話すのがあまり得意でない私に本当にできるのだろうか」と不安があったそうです。それでも理髪店の娘として育ち、お父様が切り盛りしていたお店でよくお手伝いをされていたので、人の話を聴くことは大好きだったそうです。
私は脳いきいき学部がスタートして2カ月後に、Aさんが年配の学習者相手にサポーターを務めている姿を拝見しました。おそらく几帳面で真面目な性格なのでしょう。初めのうちは緊張からか、少し表情が固いようでした。しかし、その後は徐々に調子が出て、プログラムの実施中は学習者の方が本当に楽しそうで、笑顔が絶えなかったことを鮮明に覚えています。
Aさんがサポーターとしての役割を、一生懸命心を込めて取り組む姿を見て、年配の学習者は心を動かされ、気持ちが癒やされて、思わず笑顔がこぼれました。同時に、その笑顔を見て逆に癒やされているのは、実はAさんなのではないかと私は思いました。
脳いきいき学部のサポーターになったことで、お父様についての気持ちの整理ができたのかは正直わかりません。人の気持ちは他人が思うほど単純ではないからです。ただ、Aさんは勇気を出して一歩前に踏み出したことで、悲しみを乗り越えるためのきっかけをつかんだのではないでしょうか。
すると、人生というのは不思議なもので、サポーターの仕事を始めてからしばらくして、Aさんのお父様のご遺体が見つかったとのこと。葬儀も無事に執り行い、心の整理ができたとのことです。
脳いきいき学部サポーター・Aさん(石巻市出身)
このAさんの姿を見て感じたことがありました。
それは「他人が癒やされるとき、自分も癒やされる」ということです。
癒しというのは、どちらか一方だけで起こるものではありません。
双方向で同時に起こるものであり、互いに相手がいて起こるものであるという点で、きわめて社会的な営みなのです。
ボランティアは「無償労働」ではなく「自発的な参加」である
これはボランティア活動を継続するために重要なことです。
日本ではボランティアというと、無償で奉仕活動をするという意味合いが強いようです。
しかし、ボランティアという言葉は、もともと「自発的に行う」という意味です。
ボランティア活動がうまく機能しているところでは、たとえ金銭的報酬はなくても、上記のような「心理的報酬」を得られている場合が多いようです。
そして、こうした「心理的報酬」は、脳内の報酬系を活性化し、やる気が出たり、幸せな気持ちを感じさせたりしてくれます。
ボランティアは、誰かのためだけに行うものではありません。
自分自身の心を満たし、社会とのつながりを取り戻し、自分の存在意義を確認する行為でもあるのです。
孤独だと病気になりやすい
超高齢社会になると、従来の医療だけでは解決できない課題が増えてきます。
その代表が「孤独」で、それを一番身にしみて感じているのが、在宅医療を行っている現場の医師たちです。
高齢者の増加に対応して、今後は在宅医療がますます必要だといわれています。
しかし、在宅で必要とされているのは、医療よりはむしろ看護と介護です。
この場合の看護も、従来の病院で行っているものではなく、在宅での療養者の生活を支えることが重要な役割です。
そして、そのなかで一番大きな課題の一つが、孤独の解消です。
近年の疫学研究から、孤独な生活環境と疾病の関係性が明らかになりつつあります。
孤独や社会的孤立は、認知症、心疾患、脳卒中、うつ、早期死亡など、さまざまな健康リスクと関係することが指摘されています。
また、孤独な生活環境が、慢性的なストレスを通じて体の炎症反応や免疫機能に影響を与える可能性も示されています。
つまり、孤独は単なる気分の問題ではありません。
健康寿命にも関わる重要な問題なのです。
イギリスでは2018年1月に、世界で初めて「孤独担当大臣」を任命し、孤独問題の解決を政策的に行うことを決定しました。日本でも2024年4月には、孤独・孤立対策推進法が施行され、国や地方自治体が総合的に孤独・孤立対策を推進する体制が整えられました。
孤独問題の解決に政府が関わっていくという意味で、イギリスは非常に先進的な取り組みを始めました。
そして現在、日本でも孤独・孤立対策は重要な政策課題となっています。
もはや孤独は、個人の問題だけではなく、社会全体で取り組むべき課題なのです。
ボランティア機会はソーシャル・キャピタル
先日、NHKテレビが「いきいきと暮らしている高齢者が多い町」のランキングを発表していました。
そのなかで、和歌山県の自治体を紹介していました。
理由は図書館の数の多さでした。
図書館が多いことによって図書館に出かける機会が増える。
すると、知的作業や人とのコミュニケーションが増え、認知症予防にもつなげているというのです。
図書館という箱モノが増えれば、地域の高齢者の認知症予防になるほど単純ではないでしょう。
しかし、図書館が地域の高齢者の毎日通う場所になり、そこで単に本を借りるだけでなく、地域の子供たちのために読み聞かせを行ったり、昔からある遊び方を教えたりのボランティア活動を行うことで、異なる世代とのコミュニケーションの場になるならば、これは超高齢社会のソーシャル・キャピタル、つまり社会資本としての価値が上がるでしょう。
ここまでお話してきたように、高齢期になると多くの人は、誰かの役に立つことをしたくなります。
その理由は金銭的報酬より、人から感謝されること、人に感謝することで自分が幸福を感じるといった心理的報酬が好ましくなってくるからです。
そこにはすでに述べたとおり、脳科学的な理由もあります。
こうした心理的報酬が軸となるボランティア機会が多くあることで、高齢期にも精神的に豊かな生活を送ることができます。
何よりも、孤独の解消につながることが重要です。
他人の役に立つことは、自分を社会につなぎ直す
ボランティアと聞くと、災害支援や介護施設での活動のように、大きな活動を想像する人も多いでしょう。
しかし、他人の役に立つことは、もっと身近なところから始められます。
地域の子供に昔の遊びを教える。
図書館で読み聞かせをする。
町内会の掃除に参加する。
近所の高齢者の買い物を手伝う。
経験を活かして若い人の相談に乗る。
趣味の教室で初心者をサポートする。
家族の話をじっくり聴く。
どれも立派な社会参加です。
重要なのは、規模の大きさではありません。
自分が無理なくできる範囲で、誰かの役に立つことです。
- 他人の役に立つと、人から感謝されます。
- 人に感謝されると、自分の存在に意味を感じます。
- 自分の存在に意味を感じると、また誰かの役に立ちたくなります。
この循環が、人生の後半期の幸福感と生きがいを支えてくれます。
人生100年時代の幸福は「つながり」の中にある
人生100年時代を幸せに生きるためには、健康、お金、そして人とのつながりが必要です。
健康であっても、誰とも関わらず孤独に過ごしていれば、心は弱っていきます。
お金があっても、誰からも必要とされないと感じれば、生きがいは生まれにくくなります。
一方、たとえ大きな収入が得られなくても、誰かに感謝される活動がある人は、心が満たされやすくなります。
他人の役に立つことは、他人のためだけではありません。
自分自身を社会につなぎ直すことでもあります。
そして、自分自身を癒やすことでもあります。
中高年からの社会参加は、決して遅くありません。
むしろ、人生経験を重ねた中高年だからこそ、人の役に立てることがたくさんあります。
仕事で培った経験。
子育てや介護で得た知恵。
趣味や地域活動で身につけた技術。
つらい経験を乗り越えてきたからこそ語れる言葉。
それらはすべて、誰かを支える力になります。
まだ何もしていないという方は、どんな小さなことでもいいので、他人の役に立つことに取り組んでみてください。
週に1回でも、月に1回でも構いません。
大切なのは、誰かと関わり、自分の力を少しだけ社会に差し出すことです。
スマート・エイジングについてより深く知りたい方は、村田裕之の講演会をご覧ください。講演会では、さらに興味深い動画やグラフをお見せして、
秘訣を実践を交えてわかりやすくお話ししています。


