
社会制度が変わっても生涯お金を稼げる力を持つ
私は2004年頃から、高齢者の三大不安は「健康不安」「経済不安」「孤独不安」と言い続けています。
この三つは、それぞれ密接に関わり合っています。
経済不安になる理由は、病気になって入院し、重篤な病気で治療が長引けばお金がかかるからです。
また、孤独不安になる理由は、健康を害し外出しづらくなると、ほかの人とのコミュニケーションが減るからです。
したがって、人生の後半期には、この三つのうち特に「健康不安」をいかに解消するかが重要です。
歳をとっても心身が健康ならば、多大な医療費や介護費は不要となります。
心身の健康を維持・増進するための秘訣は、PART2までに述べました。
一方、たとえ心身の健康を維持できたとしても、長生きすれば医療費や介護費以外のお金が必要です。
人生100年時代と国は喧伝していますが、はたして国は私たち一人ひとりの100年人生を保証してくれるでしょうか。
現在、日本では65歳までの高年齢者雇用確保措置が企業に義務づけられています。
具体的には、定年制の廃止、65歳までの定年引き上げ、希望者全員の65歳までの継続雇用制度の導入のいずれかです。
また、70歳までの就業機会確保については、努力義務として制度が整えられています。
つまり、制度上は高齢期にも働き続けやすい方向へ進んでいます。
しかし、問題は65歳を過ぎたすべての人が、それなりの待遇で会社に居続けられるかどうかです。
おそらく年金だけで十分にゆとりある生活をするのは、今後ますます難しくなるでしょう。
一方で、社員に給料を支払う会社のコスト負担能力にも限界があります。
ということは、会社にとって必要な人材は65歳を過ぎてもそれなりの処遇を受けられますが、そうでない人材は処遇水準が下がる可能性があります。
そして、後者が多数派になる可能性が大きいです。
このような「新たな労働市場」が形成されることを想定した場合、いったい私たちはどう対処すればよいのでしょうか。
そのために、まず必要なのは「自分軸」で生きるスタイルを持つことです。
以下、この話を詳しくお話しします。
「会社軸」で生きると「自分軸」で生きる
軸というのは、何かの中心という意味です。
例えば、自動車におけるタイヤは「車軸」を中心にして回ります。
これに従うと、「会社軸」で生きるとは、「会社の基準」を中心にして生きるということです。
会社の基準とは、会社ミッションや組織文化、社風、ならわしなどです。
多くのサラリーマンは「会社軸」で生きていると思います。
そして、「会社軸」で生きている時間が長いほど、自分の生き方や日々の行動のかなりの部分が、会社の規則や社内慣行に強く影響を受けています。
実は、私自身もかつて大企業にいて、その会社軸でどっぷりと生活していた時期がありました。
最初に就職した会社は「大家族主義」を掲げ、「社員とその家族は全員、会社の大家族である」という考え方でした。
住居は社宅、休日には会社のイベントがあり、嫁が欲しければ会社の上司が縁談を持ってきて、結婚すれば手当が増え、転勤の引っ越しは社員が手伝う、といった具合でした。
社宅に住んでいる社員の子供同士がけんかすると、会社の人事部に相談が来るということもありました。
このように、社業で仕事をする場合以外のプライベート生活にも会社が大きく関わっていました。
こうした社員を家族のようにみなす経営スタイルは、私の古巣以外にも高度成長期の企業にはよく見られました。
一方で、ずっとその会社に居続けるつもりであれば、生活の安定はほぼ保証されていましたので、見方によってはとても楽な仕組みでした。
現代はこれほどの家族主義を謳う企業はほとんどないと思います。
しかし、サラリーマンの多くが「会社軸」で生きている点は、それほど変わりがないと思います。
これに対して「自分軸」で生きるとは、「自分の基準」を中心にして生きるということです。
こういうと、
「そんなの当たり前じゃない。俺は自分の基準で生きているよ」
という方もいらっしゃるでしょう。
しかし、自分の基準で生きていると思っていても、サラリーマンを長くやっていると、無意識のうちにどっぷりと「会社軸」で生きているものです。
なぜ「会社軸」ではなく「自分軸」が重要なのか?
では、なぜ「会社軸」ではなく「自分軸」で生きることが重要なのでしょうか。
目に見えて給与や待遇が向上するかつての高度成長期なら、「会社軸」で生きることでもよかったでしょう。
いわゆる「企業戦士」と呼ばれた人たちは、すべての生活が会社中心であり、まさに「会社軸」で生きていました。
その時代は経済成長が続き、会社も成長し、給与もどんどん上がっていきました。
そして、定年退職すれば多くの退職金をもらえ、年金や社会保障も今ほど不安がなかった時代です。
しかし、それはおおむね団塊世代よりも上の世代のことであり、現在はそういう時代ではなくなりました。
加えて、会社軸で生き続けることには多くの弊害があるからです。
「会社軸」で生きることの弊害とは?
弊害1
他人に責任転嫁する習慣が身につく
第一の弊害は、いつも他人に責任転嫁する習慣が身につくことです。
重要な意思決定は上司や経営トップがするもので、自分の役割ではないと思ってしまう。
その結果、自分の頭で意思決定のために考えようとしなくなる。
こうした習慣で長い間過ごすと、そのうちに意思決定の能力も失われていきます。
結果的に、いつも他人に責任転嫁するマインドセットが形成されます。
会社軸で生きている人には、何か問題が起こるとすぐ他人に責任転嫁する人が多いようです。
うまくいかないのは上司の指示が悪い、部下の出来が悪い、同僚が足を引っ張る、取引先の筋が悪い、などと理由を上げます。
こうした人は赤ちょうちんで愚痴ってはいるものの、自分で責任ある行動をとろうとしない。
しかし、会社に居続ければ給与をもらえるので、定年までは会社にしがみついている人も多いようです。
弊害2
会社を離れた瞬間、待遇も人脈もなくなる
第二の弊害は、その会社を離れた瞬間、それまでの待遇も人脈もなくなることです。
会社軸で生きている多くのサラリーマン、特に大企業のサラリーマンは、仕事上の人脈や待遇が自分の実力だと勘違いしがちです。
しかし、実際は「○○株式会社の××部長」という看板があることで得られたものが非常に多いものです。
かつて、ある大手広告代理店が業績を下げた際、部長職以上が使えたタクシーチケットが会社史上、初めて使用禁止になりました。
それまで会社全体のタクシー代だけで年間20億円ほどかかっていたそうです。
その会社のある部長が、
「うちの会社の部長からタクシーチケットの使用権限がなくなったら、何が残るんだ」
と冗談のように言っていました。
彼らのなかにはそれまで、夜の繁華街からタクシーで帰宅し、翌日はタクシーで出勤していた人も結構いたそうで、これも部長の権限の一つと思っていたようです。
このように、会社のフリンジ・ベネフィット、つまり会社が与える給与以外の経済的利益が、あたかも自分の実力だと錯覚しがちです。
しかし、会社を退職するまで、それが錯覚だということに気づかないものです。
仕事上の人脈も、会社の看板があるからこそ作れるものが多い。
そうした人脈は、会社を辞めた途端にその多くが切れてなくなるものです。
また、会社を退職しても元の会社のバッジを胸につけている人を時々見かけます。
「元○○会社監査役」や「元××新聞記者」と書かれた名刺を出す人も未だにいます。
このような人たちは、会社退職後も会社の看板で自分の存在を主張しています。
会社軸がないと生きられない「会社軸依存型人間」といえましょう。
余談ですが、私は40歳のときにそれまで勤めた会社を辞めて、独立・起業したのですが、自分で意識しないうちに大企業の垢が染みついていたことに気がつきました。
その垢がすべて削ぎ落とされるまで、独立後5年はかかった気がします。
弊害3
家族の問題から逃げる口実になる
第三の弊害は、家族の煩わしい問題から逃げる口実になることです。
サラリーマンは、独身時代には会社軸で生きていても、あまり周囲と摩擦が起きません。
ところが、結婚して子供ができると、新たに「子供軸」ができます。
通常、妻は子供中心、つまり子供軸で生活するようになります。
そうすると、会社軸で生きる夫と、子供軸で生きる妻とが乖離してしまい、夫婦関係に溝ができるようになります。
そして、子育てが一段落する頃、今度は年老いた親の介護が必要になり、介護中心の「介護軸」で生活する必要性も出てきます。
会社勤めのサラリーマンは、
「俺はお前たち家族を養うために会社の仕事をしているんだ」
と言って会社軸にしがみつくことで、こうした夫婦間や家族間の煩わしい状況から逃げる口実ができます。
サラリーマンがいつまでも残業して帰宅したがらないのには、こうした背景もあるのです。
「自分軸」で生きるには「自分ミッション」を持つ
先述のとおり、「自分軸」で生きるとは、「会社の基準」ではなく「自分の基準」を中心にして生きるということです。
したがって「会社の基準」において「会社ミッション」が重要だったように、「自分の基準」においても「自分ミッション」が重要になります。
会社ミッションとは、例えば、
「わが社はお客様に最高品質の商品をお届けする」
といったものです。
会社ミッションは、その会社が果たすべき使命であり、存在意義です。
自社は何のために存在するのかをはっきりさせるのが、会社ミッションの狙いです。
これにならえば、自分ミッションの狙いは「自分は何のために存在するのか」をはっきりさせることになります。
ここで問われるのは、
「あなたは、自分が何のために存在するのか」がはっきりしていますか、
ということです。
会社軸で長く生きていると、この本質的な問いに対する答えも仮説もないまま、漫然と毎日を過ごしがちです。
すると、定年退職して会社軸がなくなったあとは、さらに輪をかけて毎日を漫然と過ごしてしまうのです。
かつて、私の以前の職場の先輩が、こうした生き方を「成り行き型の生き方」と言っていました。
自分で主体的に生きているようで、実はすべてを会社や他人などの自分以外の成り行きに任せている。
こういうタイプの人がサラリーマン退職者に非常に多いと、その先輩は嘆いていました。
ということで、「自分軸」で生きるためには、まず「自分ミッション」を持つ必要があります。
それも、会社の退職後ではなく、退職前のなるべく早いうちに決めておくのが望ましいです。
自分ミッションは難しく考えなくてよい
「自分ミッション」というと大仰な感じがする人もいるでしょう。
しかし、そんなに難しく考える必要はありません。
要するに、自分は残りの人生でいったい何をしたいのか。
なぜ、それをしたいのか。
それにはどういう意味があるのか。
こうしたことを言葉で整理することです。
一方、
「俺は退職したら自分の好きなようにのんびり過ごしたいんだよ」
という人もいるでしょう。
しかし、「自分の好きなように過ごす」という場合、自分の好きなことがはっきりしている場合はよいですが、そうでない場合は意外に難しいです。
また、仮に「自分の好きなように過ごす」ということが、先にあげた「成り行き型の生き方」を意味するのであれば、そもそも本書をお読みいただく意味はないでしょう。
「就社型」キャリアアップの問題は?
さて、「自分ミッション」を決めたら、次にやるべきことは、そのミッションを達成するための力をつけることです。
つまり、経験・キャリアを積むことです。
ここで、サラリーマンをやりながらのキャリアの積み方についてお話しします。
高度成長期から現代に至る従来のキャリアアップの多くは「就社型」でした。
学校を出て社会人になることを一般に「就職」といいますが、多くの場合、実際は「就社」でした。
かつては、入った会社に生涯在籍し続けるためにエントリーすることを「就職」と呼んでいました。
従来の「就社型」キャリアアップは、入社してから定年まで、おおむね一つの会社・組織に勤めるキャリア形成のことです。
社内のさまざまな部署に異動していくうちに昇格して肩書がつき、給与も上昇していくものです。
会社に長くいると不本意な仕事も多く、その会社にいるのが嫌になることもあります。
しかし、そのうち出世や昇給があるならば、我慢して勤め続けることができました。
また、定年時には多額の退職金も得られました。
退職後には国民年金に加え、厚生年金や企業年金、それまでの貯蓄などで、比較的保証された老後のイメージを持つことができました。
ところが、先ほどの「さまざまな部署に異動していくうちに昇格して肩書がついて」も、実はそれは社内での肩書の変更に過ぎません。
肩書が上がっても、実力も上がっているかどうかは人によります。
それは退職後に別の職場に行くとすぐわかります。
以前からシニア人材の派遣会社があります。
こうした人材派遣会社に100人のシニア人材の登録があったとすると、そのうち実際に派遣されて働ける人は限られているといわれます。しかも、そのうちの多くは3カ月もすると派遣先から戻ってきます。
理由は派遣先企業から「要らない」といわれるからです。
派遣先での業務に対応できないにもかかわらず、
「俺の前いた会社では、もっと優れた方法でやっていた」
などと上から目線の人が多いそうです。
「会社軸」で生きてきた人には、以前の勤務先での「社内慣行」が染みついているからです。
高齢者雇用が増えつつある昨今、状況も若干変わってきているようですが、それでもまだこうした傾向は強いようです。
「自分ミッション型」キャリアアップのすすめ
このように、従来の「就社型」キャリアアップで生きてきた人は、自分の専門性がないので、その会社の外に出て肩書がとれてしまうと、ただの人になってしまいます。
ある大企業の部長さんが現役時代に役所に行くと顔パスで中に入れたのが、退職後に同じことをすると、
「おい、そこのおじさん、勝手に入っちゃダメだよ」
と言われてがっくりきた、などという話はよくあります。
一つの会社に居続けるか、それとも転職するか。
その選択は、自分ミッションの達成に近づくかどうかで決めるべきです。
その会社に居続けることでその達成に近づくならば、その会社にいたほうがよいでしょう。
しかし、自分ミッションと会社ミッションとが合致しないことはよくあります。
その2つがあまりに重なり合わない期間が長いと、精神的にも肉体的にも辛くなります。
その場合には、転職や起業というオプションもあります。
会社に居続けるか、転職や起業をするかのどちらを選ぶにしても、まず「自分軸で生きる」習慣をつけることです。
そのための第一歩は、会社にいても自分ミッションを明確にすることです。
最近の50代の人には、そうしたことを意識する人が増えてきたように思います。
40代、30代の人たちは、さらにその傾向が強くなっているようです。
目指すべきは、
「○○株式会社の××部長の村田」
ではなく、
「□□の第一人者の村田」
と社内外から見られることです。
会社に勤めながら自分ミッションを深める方法
会社に勤めながら自分ミッションを深めていく一番いい方法は、会社での担当業務をそれにすることです。
実はそのような人も数多くいます。
会社の担当業務をとことん突き詰めて自分ミッションにすれば、それで深堀りになります。
「私は今の会社で、20年間○○一筋でやってきました。○○が私の専門です」
というパターンです。
これは技術系の人に比較的多いです。
Episode
私がかつて勤めた大手エネルギー企業のなかに、エンジニアリング部門に長く勤め、石油化学設備の非破壊検査という専門性の高い仕事をしていた先輩がいました。
私は彼から何度か転職の相談を受けましたが、結局、彼は定年まで勤め、その後もその専門性を活かした仕事をしています。
彼の場合は、会社の担当業務が好きか嫌いかではなく、長年石油化学設備の非破壊検査という専門性の高い仕事を続け、それ以外にほかに道がないという、やや消極的な自分ミッションのようでした。しかし、彼の場合は、その仕事を行うために頻繁に海外出張したり、大学に国内留学したりして、それなりに活躍していました。
自分の専門性を自分ミッションにした事例
彼は決してこの仕事を嫌いではなかったと思います。
自分の専門性があり、それを自分ミッションにするのは、決して悪いことではないのです。
私がシニアビジネスに関わった始まり
ちなみに、私の場合はどうだったのかについてもお話ししましょう。
私が独立して今のシニアビジネスに関する仕事を始めたきっかけは、独立する前々職の日本総研で10年近く、民間企業を集めて異業種コンソーシアムを設立・運営し、新しい事業を立ち上げる仕事を行っていたところからスタートしています。
私のいた部署のミッションは「新規事業の企画・事業化」でした。
そのなかで次の潜在市場を調べていくうちに、どうやらアクティブシニア向けのビジネスに市場がありそうだと気がつきました。
それが1999年のことです。
一方、2000年4月から日本で初めて公的介護保険制度がスタートすることになり、その前年からメディアなどで介護市場の話が頻繁に話題に上るようになっていました。
多くの企業が、
「これからは介護ビジネスだ」
と注目していたのですが、詳細にデータを調べてみると、当時65歳以上の高齢者で要介護の人は2割もいません。
残りの8割強は、まだ介護が不要で元気な人たちだったのです。
そう考え、ターゲット層の市場を「アクティブシニア市場」と名付けたのです。
それまで高齢者の市場は「シルバー市場」と呼ばれ、高齢者介護の市場だけでした。
しかし、そうではなく、元気なシニアの活力をさらに生かす発想が市場でネーミングされたのは初めてのことでした。
自分の担当業務を自分ミッションにする
私は朝日新聞の論壇というコラムで「スマートシニアと新市場」と題して、これからインターネットの普及に伴い高齢者がどうなっていくかの予想と、新たな市場の可能性を論じました。
同時に、日米の大手企業50社強に声をかけ、スマートシニア・コンソーシアムをスタートさせました。
これが、私がシニアビジネスに関わった始まりです。
しかし、その頃はまだ社業としての仕事でした。
また、シニアビジネスといっても、当時は介護以外では車椅子や福祉機器の販売くらいしか商品・サービスがない時代でした。
アクティブシニア市場には何かがありそうだけれども、具体的に何をどうしたらいいのか、まだ手探りの状況でした。
当時はインターネットの商業利用、つまりEコマースが本格化しだした時期でした。
一方、アメリカではシニアを対象にしたスタートアップ企業がどんどん出現していました。
そこで、アメリカの状況を参考にシニア向けポータルサイト事業を立ち上げようという話になりました。
2001年頃は日本でもネットバブルの時代で、
「ポータルサイトで月間400万ページビューを集めれば上場できます。村田さん、ぜひ会社をまとめてください」
といった非常に大雑把で短絡的な話の多い時代でした。
結局、ポータルサイト事業の立ち上げはうまくいきませんでしたが、その後、私は別の会社を経て、2002年3月に独立し、シニアビジネスに本格的に関わるようになったのです。
私の場合は、会社にいた頃から会社ミッションに基づく自分の担当業務を自分自身が気に入っていました。
そして、それを自分ミッションにして、独立起業後は自分の会社のミッションにもしたわけです。
このような例は、比較的やりやすい方法だと思います。
会社に勤めながら自分ミッションを深める方法は、端的にいえば、自分のやりたいことを会社の仕事にしてしまうことです。
ただし、この場合必要なのは、その仕事でそれなりの売り上げや利益を出して、会社にちゃんと貢献しているという実績です。
そうでなければ、単に会社の金を使って自分の好きなことをやっていると批判されてしまいます。
「自分ミッション」は仕事でなくてもよい
逆に、会社でやってきた仕事はもうやりたくないという人もいます。
学校を卒業後、就職してから何十年と同じ仕事を続けてきたので、退職後はもうその仕事はやりたくないという人もたくさんいます。
そういう場合は、改めて自分がやりたいことを自分ミッションにすればよいのです。
趣味の楽器演奏をとことん突き詰めたければ、それもよいでしょう。
「秘訣その9」で触れますが、65歳でそれまでの仕事を辞めて、震災ボランティアをそれにした人もいます。
こういう場合も、可能ならば自分ミッションを今の職場での仕事に重ね合わせてみることです。
会社の業務を進めることでその達成に近づけるのなら、それに越したことはありません。
もし、自分ミッションと会社の業務の方向性が一致しなかったとしても、そのベクトルの方向性が近いほうがストレスは溜まらないものです。
決して簡単ではないのですが、会社組織のなかでそれなりに自分のポジションを確保しながらやりがいを見つけ、自分ミッションと社業が重なるようにしているビジネスパーソンも多くいます。
「ジョブ・ホッピング」と「自分ミッション型転職」
どうしても自分ミッションと会社ミッションとが重ならず、ストレスが溜まるようであれば、転職という選択肢もあります。
その際に気をつけるべきは、単なる「ジョブ・ホッピング」をしないことです。
ジョブ・ホッピングとは、自分ミッションを持たずに転職を繰り返すだけのことをいいます。
以前、私の周辺にもこうした人が何人かいました。
しかし、残念ながらこのような転職を繰り返すだけの人たちのほとんどはキャリアアップせず、それがゆえに待遇も下がっていきます。
その理由は、自分ミッションがないために、どのような経験・キャリアを積むのかの戦略がないからです。
これに対して「自分ミッション型転職」は、転職しながら自分ミッションを深めていく螺旋発展、つまりスパイラルアップ型のキャリアアップです。
こうした転職をする人は、それが目的ではなくても、結果的に待遇も向上していきます。
なぜなら、自分ミッションを持つことによって目的意識が高まり、自分の専門性が磨かれていくからです。
このように、転職するかどうかの意思決定は、そのキャリア機会が自分ミッションの深掘りになるかどうかを判断基準とするべきです。
50代の転職は、多少年収が増えたとしても、それを深める機会が得られないのなら、やらないほうがよいでしょう。
なぜ「自分軸」で生きるとお金を稼げるのか?
おわかりいただけたと思いますが、「自分軸」で生きる人は次のような人です。
1
他人に責任転嫁しない
2
独自の人脈を持っている
3
煩わしい問題にも逃げずに対峙する
4
自分の存在意義がわかっている
5
他人とは違う自分の専門性がある
皆さん、こんな人を企業経営者が手放すと思いますか。
給料をどれだけ払うかは、もちろん会社の都合によります。
しかし、多くの企業経営者は、こんな人には会社に居続けていてほしいと思うはずです。
また、こんな人は今勤めている会社を辞めたとしても、必ず別の会社で
「ぜひ、ウチの会社に来てほしい」
と求められると思います。
仮にどこかの会社に雇われなくても、こんな人なら独立・起業しても十分やっていけると思います。
Episode
私の知り合いの60代の男性は、大手の子ども向け教育会社に35年ほど勤めて定年退職し、嘱託で5年働いたのち、退職。その後ホームヘルパー2級の資格を取得し、しばらく介護事業所で介護の仕事をしていました。
その後どうしているのかと思っていたところ、最近になって彼から「行政書士の資格を取得して行政書士事務所を開設した」との連絡がありました。
彼はいわゆる就職してから35年間、一つの大企業のみに勤めていたので、正直、「独立・起業は難しいかも?」と思っていました。しかし、私の予想を見事に裏切り、67歳になりますが立派に起業して元気に仕事をしています。
大企業に長く勤めても、「自分軸」で生きる人は、稼ぐ力が身につくというよい事例
人生100年時代は「自分の看板」で生きる時代
人生100年時代には、会社が人生の最後まで面倒を見てくれるとは限りません。
年金や制度だけに頼って暮らせるとも限りません。
だからこそ、会社の看板ではなく、自分の看板で生きる力が必要になります。
自分は何ができるのか。
誰の役に立てるのか。
何を続けたいのか。
何を学び直すべきなのか。
どんな人とつながっていたいのか。
こうした問いに向き合うことが、「自分軸」をつくる第一歩です。
自分軸で生きるとは、わがままに生きることではありません。
会社や家族や社会に振り回されるだけでなく、自分の存在意義を持ち、自分の専門性を磨き、自分の責任で選び取っていくことです。
定年後に急に自分軸を持つのは簡単ではありません。
だからこそ、40代、50代のうちから少しずつ準備しておくことが大切です。
自分ミッションを言葉にする。
会社の仕事の中で専門性を磨く。
会社の外にも人脈をつくる。
小さくても副業や学び直しに挑戦する。
家族や地域との関係も大切にする。
こうした積み重ねが、定年後も自分らしく働き、稼ぎ続ける力になります。
人生100年時代に本当に必要なのは、会社にしがみつく力ではありません。
社会制度が変わっても、会社の看板がなくなっても、自分の足で立ち、自分の力で人の役に立ち、自分らしく稼ぎ続ける力です。
スマート・エイジングについてより深く知りたい方は、村田裕之の講演会をご覧ください。講演会では、さらに興味深い動画やグラフをお見せして、
秘訣を実践を交えてわかりやすくお話ししています。


